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知らない過去
リビングに、テーブルを挟んで父と樹さんが座る。
何となく漂う緊迫感。何ともいえない不穏な空気。それらを感じつつ、電気ストーブのスイッチを入れる。
「……」
何が起きたのか……解らない。
いや、頭では解ってるけど、それを認めたくない気持ちばかりが大きく膨らみ、思考能力が落ちていく。
──多分、『彼』だ。
樹さんがすっと忘れられなかった人は……僕の、父。
こんな、残酷な事って……あるのかな……
『もし、目の前に彼が現れたら』──そんな例え話をした翌日の今日、まさか、それが現実のものになるなんて……
「……実雨」
二人から視線を外し、俯き加減でキッチンへと捌けようとした僕を、樹さんが呼び止める。
「実雨も、ここに座って」
「……」
樹さんの、少し堅い声。表情。
チラリと父を見れば、不快感を露わにした目を僕に向けていた。
横にずれた樹さんの隣。そこに怖ず怖ずと腰を下ろし、正座をする。
「……」
……居心地が悪い。
息が、苦しい……
父の顔をまともに見られず、顔を伏せ、背中を丸めて小さくなる。
「……久し振りだね、愛月」
「──ああ」
「最後に会ったのは……16、7年くらい前──かな」
「……」
「あの喫茶店、男が入るには勇気がいる位ファンシーすぎて、恥ずかしかったのを覚えてるよ」
「………確かにな」
僕の知らない過去。
チラリと父を見れば、下から睨みつけるような鋭い目つきをしている。
けど……樹さんに対しては、僕に向けるような拒絶は感じられない。
樹さんも、さっきまでの雰囲気が嘘のように、穏やかな表情に変わっていて……
「……」
もし、これが運命の再会なら……何て非道いんだろう。
僕が樹さんを見つけた時に感じたものは、運命なんかじゃなくて──二人を引き合わせる為の……ただの過程に過ぎなかった……って事……?
──ううん。
もしかしたら、僕自身がそうなのかもしれない。
ずっと僕は、何のために生まれてきたのかなって。何か意味があるから、この世 に居るんだろうなって……そう思ってた。
だけどその意味が、この為だけだったとしたら──
……だったらもう……必要ない。
僕の役目は、もう果たしたんだから……
「……」
俯き、膝の上に置いたままの手をきゅっと握る。
居心地の悪さ。胸のザラつき。眩暈。
頭の奥で響く耳障りな音が──さっきから鳴り止まない。
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