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答え2
見開かれた、父の瞳。
それが僅かに揺れ、静かに伏せられる。
これまでのトゲトゲしさや攻撃的な雰囲気はすっかり消え、肩を丸め、手の甲でグイッと涙を拭う。
「──それから、愛月」
「……」
「実雨がいたから、苦しい思いをしたかもしれない。けど、実雨は……僕達のせいでもっと苦しんできたと思うよ」
「……」
「愛月ならその気持ち、一番良く解ってるよね」
優しい眼差し。
それまで感じていた険しさは無く、柔らかく、穏やかで、いつもの優しい雰囲気が纏う。
その樹さんが口角を緩く持ち上げ、何処か懐かしいものでも見るかような、遠い瞳に変わる。
「……僕が愛月を好きになったキッカケはね──」
「……」
「高校二年の冬──他には誰もいない、放課後の教室で、愛月が女の子と二人でいる所を、偶然見掛けたんだ。
その子から告白された愛月は、千年の恋も冷める程、冷たい態度や言葉をぶつけて、手酷く振っていたけど……
彼女が泣きながら教室を飛び出していった後、まるで自分の事のように、酷く傷付いた顔をして……声を押し殺して泣いてたよね──」
「──!」
「口が悪い所があって、誤解を受けやすい愛月だけど……本当は繊細で、純粋で、誰よりも相手を思いやる心を持っていて……
……でも、それを一切誰にも見せずに、悟らせないように……誤解されたまま一人で全部抱え込んでいるんだって気付いたら──僕が、守ってあげたいって思ったんだ……」
「……」
伏せていた顔を上げた父が、今更そんな事……とでも言うように、恨めしそうに樹さんを下から睨みつける。
「あの時の彼女にしたように……実雨に冷たい態度を取って、遠ざけようとしたのは……きっと、愛月なりに思っての事なんじゃないかな」
少しだけ言葉を濁し、樹さんが真っ直ぐ投げ掛ける。
その問いに答えず、樹さんを睨み続ける父の瞳が潤み、僅かに肩を震わせる。
「──んな、訳……」
「だから──!!」
ぶつかり合う、声と声。
樹さんの荒げた声に──父が、初めて怯んだ姿を見せた。
「……実雨が帰ってこないのを心配して、電話を掛けたんじゃないかな……」
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