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募る想い
部署に着くと、簡単な自己紹介を済ませて自分のデスクに案内された。
業務内容としては、流星は短時間勤務しかできないために、企画や開発などの本格的な仕事に回されることなく、データ入力や事務作業など、手の足りていない部分の雑務処理のような仕事を任された。
その点については少しも不満はなかったのだが、こんな簡単な雑務しかしない流星を周りはどう思うのか、そればかり気になってしまう。
「取り敢えず初日は職場に慣れてもらうことからで。基本的に原野君が君の教育係だから、今日は案内してもらって」
その名前を聞いた途端、沈みかけていた気持ちが簡単に浮上する。だが、普通はこれをラッキーだと思うところなのだろうが、本心では喜びながらも抑え込もうとして複雑に揺れ動いた。
「挨拶はさっき済ませたね。これからよろしく、和歌田君」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「じゃあ早速だけど……、あ。そうだ。部長、今度歓迎会をしませんか」
原野が恰幅のいい男、確か瀬永部長と言った――に声を掛けた。
「なんだ。お前からそう言うのは珍しいな。下戸だからといつも参加するだけしてさっさと帰るじゃないか。そんなに和歌田君が気に入ったのか」
「ち、違いますよ。そういう気分なんです。で、どうなんです?いつにしましょう」
そのままわらわらと部署の皆が集まり、飲み会を行う方向で話が進んでいく中、流星は空気についていけずに、置いてけぼりのような状態でぽつんと一人佇んでいた。
「あ、ほら、和歌田君もおいで。都合がいい日を決めるから」
流星に気付いた原野が、腕を引いてその輪の中に引き入れてくれる。掴まれた腕はすぐに外されたが、いつまでもほんのり柔らかな温もりが残っていた。
「今年のゴールデンウィーク、いや、プラチナウィークって言うんだっけ?絶対混むから、それを外して4月26日金曜日にしよう。どうしても外せない用事があるやつ以外は参加するように」
「原野、いつになく仕切ってるな。なにやる気に燃えてるんだよ。あれか。後輩ができて嬉しいのか」
「うるさいぞ、上谷。お前は不参加にしてやる」
「いやいや、俺は参加しますから。不参加扱いされても参加します」
原野はどうやら部署の中でも中心的存在のようで、何人かと友人のようにじゃれ合いながら盛り上がっている。
「おい、お前ら。飲み会の日取りは大方決まったんだから、早く仕事に戻れ。次の企画は期限が迫っているんだからな。上谷、お前のスケジューリングは何だ。いろいろと詰め込み過ぎだ。もっとそれぞれの力量を考慮してだな」
「はい、すんません。すぐに作り直します」
「それから原野。お前はしばらく教育の方に専念してくれ。どうしてもお前じゃないとできない仕事以外は、極力他の奴にやらせる」
「はい、分かりました」
部長の指示に従いながら、皆それぞれの作業に取り掛かっていく。
「君のデスクで説明するから、座って」
原野に手招きされ、促されるままに自分のデスクに座ると、隣に椅子を引き寄せてきて原野も腰掛けた。流星が意識し過ぎなのかもしれないが、距離が近すぎる気がして、妙にどきどきと胸が高鳴ってしまう。
これは緊張のせいだ、それ以上でもそれ以下でもないと必死に暗示をかけた。
「パソコンは得意な方?」
「は、はい。基本はたぶんできます」
「それは良かった。取り敢えずどこまでできるかざっと確認するから。主にExcelとWordを使うんだけど、まず開いて、それから……」
説明を聞きながら、少なくともこれから研修中はずっとこの状態が続くのかと思うと、嬉しい反面、胸が苦しくなった。
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