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第3話
その時の出来事が縁で、俺は夢川社長と懇意になり(失恋仲間として意気投合)、なんやかんやで一足先に社会人になった彼の補佐に収まり、さらに彼が出世するたびに俺の地位もあがって今では社長秘書である。鼻水と失恋が取り持つ縁。人生、なにが幸いし、どう転ぶかなんてホントわからない。
とにかく、社長は、チョロくて惚れっぽい。
十年の間に、恋愛系のトラブルはほとんど網羅したくらいの恋愛トラブルメーカーである。
婚約破棄一回。
結婚詐欺未遂一回。
美人局に引っかかりそうになること一回。
その他、ふらりとよろめいたΩなど…数え上げたらキリがないほどである。
ちなみに夢川社長は由緒正しい家柄の御曹司で例にもれず生粋のαだ。
αはおおむね出来が良くエリート街道をまっしぐらな人物が多い。当然モテる。選り取り見取りなはずなのに、どうしてそうヘンなのばっかりに引っかかるのか…謎だ。
αにも個性があるのだと、彼に出会って俺はそんな当たり前のことに気付かされた。
『あいつはいずれたちの悪いΩにでも掴まって、身代を潰しそうだったからな。……あそこのグループ会社に総崩れになられるとさすがにうちも無傷とはいかない』
とは、今は懐かしい生徒会長の言である。……いや、ときどきパーティー会場や会合なんかで顔を合わせるからそう懐かしい顔でもなかったな。つい先日も会ったばっかりだし。
副会長が番選びに失敗しないように生徒会に引き入れた、というのが事の真相のようだった。
『そこ以外は、文句のつけどころがないくらい優秀な人材だからな。卒業するまでになんとか良い補佐役を見つけたかったが、なかなか適任者がいなくてね……いや、ぎりぎり間に合ってよかったよ。さすがに卒業してまで面倒見たくはなかったからね。よろしく頼んだよ』
そう笑顔で押し付け、肩の荷が下りたといわんばかりにすっきり晴れ晴れとした会長の顔が今でもしっかり脳裏に焼き付いている。……こういうのをほんとーの腹黒と云うんだな、と俺は齢十六にして学んだ。
夢川は、とにかく「運命」という言葉に弱く、ころっと騙される。
さすが、夢見る夢子ちゃんだけのことはある。
それでも、いい大人なんだから、ある程度は見逃していたし、社会人になってからはよっぽどでなければ口には出さず見守るスタンスでいた。
ただし、一つだけ固く約束したことがあった。
これを破ったら補佐を辞めると言ってある。
首は噛むな。
どんなに盛り上がっても、運命だと思っても。
番にするなら、その前に必ず相手を俺に確認させろと言い含めてあった。
これが守れないようなら、面倒を見るのはやめて、――全部の繋がりを断つと云い置いた。
……どっちが上司か、というくらい上から目線の言い草だが、それだけのフォローはしてきたのだ、…ずっと。
俺が相手を見極めて納得すれば、結婚でも番でも好きにすればいい。
――それが、なにをトチ狂ってあんなことを言いだしたのか。
俺は憤りに任せてホテルを飛び出すと、街の雑踏に紛れた。
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