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第4話
「ハ…ッ、ハァ…くそ…、」
息が荒い。
呼吸が苦しい。
躰が――熱い。
自分の身体の異変に気付いたのは、ホテルの最寄り駅付近まで来た時だ。
雑多な匂いに紛れ、普段は気にしたこともないαのフェロモンがやけに鼻につくなというのが最初の兆候だった。やがて躰が震え、ぞくぞくとした痺れが腰から背筋にかけてを断続的に走りだすに至り、俺は自分の状態を否が応でも知る。
(なんで……)
ついには歩行も困難になり、路上の端、ビルの狭間に身を寄せた。
急に始まった発情期に、最悪な気分で臍を噛む。
俺はΩだ。
だが、Ωといっても体質的にあまりΩとしての特徴を有していない珍しいタイプのΩだった。
平凡な容姿に平凡な能力。
俺の見かけは、むしろβに近かった。
特質もそうだ。
三か月に一度の発情期も、俺は一年に一度しかないし、抑制剤も一番軽いものの服用で問題なく日常生活を送れるくらいだ。むしろ飲み忘れても平気なくらいだったから、自分でも実はβじゃないかと社会人になってからも再検査した程である。
だから、こんな酷いヒートに見舞われるのは初めてだった。
……原因は、なんとなくわかっている。
社長のせいだ。
(あの人があんな馬鹿なことを言いだすから…)
躰が勘違いして、勝手にαを――社長を求めたのだろう。
「……君、大丈夫か? もしかして、……ヒートか?」
上体をビル壁にあずけ、なんとかやり過ごそうとしていた俺に声をかけてきたのは、俺より少し年かさに見えるスーツ姿の男だった。
……αじゃないと瞬時にフェロモンを嗅ぎ分ける自分の特質に嫌気がさす。Ωというのは、これだから馬鹿にされるのだ。自分の意思も相手の意志もお構いなしに、発情し、αを求める。快楽を欲する。そんなイキモノだから。
「薬は?」
俺は首を横に振った。
こんな強いヒートを抑える薬など持ち歩いていないし、家にだってない。
「……まいったな…、…あ、安心しろ。俺は警察官だ」
「…え?」
まさか警察の人間だとは思わなくて、驚いた。
さっと警察手帳を呈示する仕草が堂に入っている。
驚きはしたものの、確かに声にも態度にもはじめから下心などは一切見られなかったから、納得もした。
「家は遠いのか?」
今度は首を縦に振る。
「なら、この近くに個人病院があるから、そこへ連れて行く。それでいいか?」
さすが警察官。判断が適切だ。それに、この人カッコいい。αじゃなくても惚れそう。……俺は運よくいい人に拾ってもらったらしい。
しかし、親切な警察官に付き添われ、病院へ歩きだそうとした俺たちの前に人影が立ちはだかった。
「彼をどこへ連れてゆくつもりですか」
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