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第5話
険しい声でそう詰問してきたのは、俺の上司であり先ほど置き去りにしてきた夢川社長その人だった。
彼は俺の腕を掴み、自分の方へと引き寄せようとした。そんな些細なことでも俺の躰は馬鹿みたいに快感に震え、泣きたくなった。
それを親切な警察官が阻止し、俺を背に庇おうとする。
「具合が悪そうだから病院へ連れて行くところだ」
「病院? ――そう言ってそこらのホテルにでも連れ込むつもりでしょう」
「はぁ? そんなわけあるか。あんたこそαだろ? ヒート中の相手に軽々しく触れるな。さっさと離れろ、煽られたいのか。だいたいあんたはなんだ? 邪魔するなら公務執行妨害で留置所にぶち込むぞ」
……案外、血の気の多い警察官だったらしい。
一触即発の雰囲気に、これはマズいと俺は苦しい息の合間になんとか説明する。
「あ…ちが…だいじょ…ぶ、です。この人…おれの、上司…なんで……」
「上司?」
「りゅうち…じょは、だからかんべん…して…」
社長が警察のご厄介になるわけにはいかないだろう。
とにかく社長を守らなきゃ、庇わなきゃということで頭が一杯になった。
長年の習性というのは恐ろしい。
だから、俺はこの時、間違った判断をくだした。
警察官から身を離し、社長の手を取ってしまった。
「親切…ありがとう…ございました。……社長、行きましょう」
「おい…!」
「失礼します」
礼儀正しく慇懃無礼な仕草で男前な警察官に頭を下げた社長は、その警察官を振り切るようにすぐさまタクシーを捕まえて俺と一緒に乗り込むと、俺が一人暮らししているマンションへ向かうよう運転手に行き先を告げた。
「ここで、いいです…。帰って、ください」
どうにかこうにかマンションまでひどい醜態をさらすことなく辿り着いた俺は、玄関先まで付いてきた社長を中には入れずに締め出そうとした。
しかし、
「……こんな状態の君を置いて帰れるわけないでしょう?」
普段はわりと俺の言うことには素直に従う彼も、この時ばかりは強引だった。
「いいって…言ってる…! あんたが、いなきゃ…少しは…マシ…」
「……そんなに私が嫌なのか」
そう言いつつも、ドアの内側に身を滑り込ませ、侵入を果たしてしまう。
俺は、ようやく自分の判断がとんでもなく間違っていたことに気付いたが後の祭りだった。社長は留置所にぶち込んでもらって、俺はあの親切な警察官と病院へ行くべきだったのだ。ヒート中は思考力も判断力も著しく低下すると話には聞いていたが、これほど自分がアホ化するとは思っていなかった。
「でも、躰はαを欲している」
見抜かれて…いや、見抜くまでもない、――それはもはや誤魔化すことさえ滑稽なほどあからさまに俺は欲情していたから。
それでも、わずかに残った理性が叫ぶ。
(一度も、ただの一度も俺をΩとして見たことなどないくせに…!)
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