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1.最初の距離(2)

「……バイトに励むのもいいが、自分が受験生だってことも忘れるなよ」  先生は眼前に広がるフェンス越しの空へと視線を戻した。 「はぁ、まぁ忘れちゃいませんけど」  俺は生返事とともに小さく肩をすくめた。  高校三年。  受験生。  確かにそれはそうなのだが、どうも勉強に身が入らない。  そもそも学校全体の偏差値はどちらかと言えば低い方で、進学したい生徒の為に進学クラスはあるものの、そうでないなら、適当に過ごしていても卒業はさせてくれるような学校だ。  俺も一応、進学クラスに籍はある。  しかし、未だに進学について迷いがないとは言えず、そのせいか気がつけば目先のことばかりに捕らわれていて、バイクを買う金が欲しいがために始めたコンビニでのバイトも依然継続中だし、ある程度放任気味の緩い校風に甘えて、気が向けばこうして授業をサボることも少なくなかった。  要はその程度の気持ちなのだ。  進学できなければできないで構わない。だってもとより俺には、そうまでして勉強したいことも、なりたい職業もないんだから。  そんな胸中を見越したように、先生は淡々と続ける。 「幸いお前は成績もそう悪くないんだし……特にやりたいことがないから進学、というのも理由としては十分だ」  しかしその一方で、片手はポケットの中を探り、次には煙草の箱を取り出していた。手馴れた所作で浮かせた一本を口に銜えると、躊躇う様子もなく穂先に火をともす。  言葉とはまるで裏腹の態度に、俺は思わず破顔する。

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