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1.最初の距離(3)
「つか、先生こそ、屋上(こんなとこ)で、しかも生徒(俺)の前で煙草なんて吸ってていいの」
堪えきれず口にすると、先生は目線を僅かに落とした。銜え煙草の先からは、早々に細い紫煙が立ち上っている。
「お前が黙っていれば問題ない」
先生は小さく瞬き、短く吐息した。
吹き抜ける風が、吐き出された煙をすぐに浚う。先生の癖のない髪先が、そよぐ風にさらさらと揺れていた。
俺は苦笑する。
そこで一旦会話は途切れ、沈黙が落ちた。
適当な距離を置いて、俺も同じようにフェンス越しの空に面して立った。
先生と屋上で顔を合わせたのは、これが初めてなわけじゃない。だけど、今日ほど放っておけないと言う気持ちで顔を合わせたことはなかった。
俺は改めて先生の横顔を見詰め、その胸中を探ろうとした。
表面上はあくまでも普段通りに見えた。だけど、本当に平気なら先生はいまここにいない。ずっと見てきた俺だから解る。
――いま、先生の心は泣きたくて仕方ないはずだ。
「本当なんでしょ。瀬名に子供が産まれたって話」
俺は静かに口を開いた。
あえて波風を立てることで、先生が一人で抱えているものを少しでも吐き出させてあげられたらと思った。そうすれば多少なりとも気持ちが楽になったりしないだろうか。
意地悪なやり方かもしれない。先生にとっては余計な世話かもしれない。
でも、不自然に優しくするよりこの方がずっと自然なはずだ。
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