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1.最初の距離(6)

「……!」  突如、たゆたうように穏やかだった風が強風に変わった。  風と相乗して、目元を激しく打ち付ける自分の髪に、忌々しげに目を細める。 「……っ」  毛先が掠める痛みに顔を顰め、何とか前髪をかき上げた。  と、次の瞬間、眼前に赤い点が飛んでくる。それが先生の口から弾かれた煙草だと気付くのに時間はかからない。俺は咄嗟に腕を掲げた。 「あ…っぶね……」  ほどなくして突風は止んだ。  気がつくと、煙草は手の中にあった。どうやら反射的に掴んだらしい。  幸い、火種は灰と共に先に落ちていたようで、火傷をするには至らなかった。至らなかったが、 「つーか……これでもし生徒が怪我でもしたら、先生ただじゃすみませんよ」  それでもよく見れば高温の名残に肌が薄っすらと赤くなっていて、俺はわざとらしく手のひらを開き、先生に見せつけた。 「ほら、これだけでも訴えれば先生は負ける」  そうして、おもむろに先生との距離を一歩詰める。 「まぁ、別に俺はそんな面倒なことしませんけど」  そのまま煙草の残骸を差し出すと、一拍間を置いてから、先生は大人しくそれを受け取った。  それを機とばかりに、ようやくポケットから携帯灰皿が取り出される。先生は吸殻をそれに突っ込み、溜息をついた。

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