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1.最初の距離(7)
「それで、結局お前は何が言いたいんだ。さっきからごちゃごちゃと回りくどい……」
我に返ったのか、先生は静かに口を開いた。気を取り直すように新たな煙草を一本取り出し、口端に添える。
俺はあえて淡々と答えた。
「何って、先生の恋の行方の話ですよ」
刹那、先生はまた少し身を硬くした。
しかし、すぐに正面のフェンス越しの空へと目を戻し、
「俺の恋の話なんて、お前が知るはずないだろう」
まるでどうでもいいことのように、或いはその存在自体を自ら否定したいかのように、あくまでも素っ気無い態度で言った。
「ねぇ、先生」
俺は眩しいように目を細めた。
「――瀬名のどこがそんなにいいの」
そしてぽつりと口にする。
口にした途端、胸の奥に鋭い痛みが走った。想像以上のそれに、反射的に目を眇める。
だがそんな俺の様子になど、先生は全く気付かない。既に自分のことだけで一杯一杯になっていた。
どんなにひた隠して、抑え込んで、自覚のないふりを装っても、
「……だから、何が……」
辛うじて紡いだ声が、微かに震えているのがわかる。
蒼白となった顔色で、血の気の引いた唇で、いまにも泣きだしそうにも見えるのに、そのくせ頑なに態度を変えないのが余計に痛々しく思えた。
俺は密やかに奥歯を噛み締める。
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