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1.最初の距離(8)
――どうしてそこまでして想い続けるの。見ているだけが辛いなら、諦めれば早いのに。
思えば口をついていた。
「俺、知ってるんですよ。先生の気持ち」
放っておけないとは思ったけど、そこまで踏み込むつもりはなかったのに。
でももう、今更止められない。なかったことにも出来なくて、俺は続けた。
「名木先生は、瀬名先生が好きなんですよね。――もう、ずっと昔から」
先生の身体がびくりと揺れた。束の間、痛みを堪えるように双眸が細められた。
「……何が言いたいのか解らない」
それなのに、先生はまだ努めて取り澄ました相好を保とうとする。
そのことが余計に俺の衝動を駆り立てる。
「何って、恋の話だって言ってるじゃないですか。先生の。――でもって、俺の恋の話ですよ」
そこまで言うと、さすがに先生の様子も少し変わった。
「俺ね、無理に手に入れたいとは思っていないけど、欲しいものはあるんです」
俺は更に一歩踏み出して、そっと片手を挙げた。先生へとまっすぐ伸ばし、手のひらに淡い熱の痕を残したその手で、口元に添えられているだけの煙草をそっと取り上げる。火はまだ点いていなかった。
「……さすがにそれをお前にやるわけには」
一瞥と共に言われたが、それ以上の邪魔はされない。されないのではなく、できないだけかもしれないけど。
俺は口元に淡い笑みを浮かべて、先生の横顔をじっと見詰めた。
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