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1.最初の距離(9)
「解って言ってるんだと思うけど……俺が欲しいのは煙草(これ)じゃなくて」
指先に挟んだ煙草を戯れに揺らすと、先生が静かに俺を見た。
「先生(こっち)――ですよ」
言うなり、持っていた煙草を隠すように握り込んで、一気に距離を詰めた。
身長差が無いに等しいせいだろうか。それだけで先生の唇がこんなに近い。
先生が咄嗟に息を詰める。驚いたふうに目を瞠る。
先生のこんな表情、見たこと無い。
思えば、一層テンションが上がった。
「好きです――名木先生」
情動のまま顔を近づけ、内緒話みたいに囁いた。
吐息が直接掠める、いまにも唇が触れ合いそうな距離で。
それでも、俺はそこで身を引くつもりだった。本当に口付ける気なんてなかったのだ。
――なのに、気がつけば顔を傾けて、引き寄せられるように唇を重ねようとしている。
手に入らなくていい、気持ちは瀬名にあっていい。先生と同じように、ただ一方的に見ているだけで――。
そう思う気持ちも嘘じゃないのに、触れられるなら少しでも触れたいと思う自分も否定できなくなっていた。
――ごめん、先生。キスだけ許して。キスだけでいいから。
そうして、結局自制しきれず、心の中で許しを乞うた時だった。
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