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2.変わらない距離(4)

 放課後になると、加治は俺を残して早々に部活に向かった。  周りからもよく似合わないと言われるらしいが、加治はあんななりでも野球部だ。  それも、なんだかんだ言いつつ、小学のときからずっと続けているような、俺から見れば一種の野球バカ。  大学に進学したらさすがにやめると言っていたが、果たしてそれもホントかどうか――。  まぁ、もともと運動神経が良いこともあり、高校でも一年のときからずっとレギュラーらしいから、やめるにやめられない気持ちも解らなくはないけれど。  そんな加治から遅れること数分、俺も教室を後にする。エントランスへと流れる人の群れも、それに伴う喧騒も、そろそろ収まる頃合だった。 「……えっ」  肩にカバンを引っ掛け、気だるい足取りで廊下を歩いていた俺は、思わずその足を止めて瞬いた。込み上げた欠伸を漏らしたと同時に、廊下の先を誰かが横切ったのに気づいたからだ。  あまりに一瞬の出来事で、また距離的にも顔形ははっきり見えなかった。なのに俺の心臓はぎくりと跳ねた。 (今の、名木先生だった……?)  上背からして、女の人でないのは間違いなさそうだった。服装も確かにいつも名木先生が身につけているような、薄灰色っぽいシャツに黒いパンツだったような気もする。  でもそれは単なる俺の願望で、自分がそう思いたいだけかもしれない。  そう思うと動けなくなる。仮に必死に追いかけて、全く違う人だったら目も当てられない。  そもそも考えてみれば、来た方向からして名木先生ではない可能性の方が高いじゃないか。  だってその方向には、先生がいつも常駐しているはずの職員室もなければ、校舎の別棟へと続く廊下もない。  あるのは普段ほとんど使用されることのない資料室と、その向かいの壁面に並べられた用途の知れないキャビネット、そしてその突き当たりにあるのも、やはり名木先生とは無関係な教科の実験室と、その準備室だけ――。 「……や、違う」  無関係なんかじゃない。やっぱりいまのは名木先生だ。  思い当たると、そうとしか考えられなくなった。  俺は苦々しく舌打ちして、声にならない声で呟いた。 「名木先生に化学は無関係じゃねぇよ」  突き当たりにあるのは、化学に関係する部屋だった。

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