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2.変わらない距離(7)

「でもいまから吸うわけですよね。俺の前で」 「……吸わない」 「? 別にいいですよ。外だから風もあるし、俺は全然――…」  俺は僅かに首を傾げ、揶揄めかして穂先を指差す。  すると先生はおもむろに目の前のフェンスを片手で掴んだ。 「先生……?」  怪訝に思って呼びかけると、まるで根元を噛み締めたかのように銜え煙草の先がぴくりと跳ねた。  よく見ればフェンスにかけられた指先も微かに震えている。夕焼けの色に紛れてすぐには気づかなかったが、その顔色もいつのまにか蒼白と言うに近くなっていた。 「名木先生……どうしたの。やっぱなんかあった?」  再び鼓動が早鐘を打ち始める。気が焦り、思わず本音が口を突く。 「瀬名になんか言われた?」  瀬名の名前に、先生の肩がびくりと揺れた。  予想以上の反応だった。やっぱり瀬名と何かあったんだ。 「……もういい」  ややあって、先生はぽつりと呟いた。 「え……」  反射的に問い返すと、先生はかぶせるように言葉を継いだ。 「だいたい、なんでこの時間にお前が学校(ここ)にいるんだ。部活にも入っていないのに」  口調はあくまでも淡々としていた。  しかし、そのどこか八つ当たりめいた言い様からも、秘められた焦燥は伝わってくる。 「……そんな風に俺を見るな」  そして次に漏らしたのはせつなく懇願するような言葉で――。 「もう、放っておいてくれ……頼むから」  最後にそう言って目を伏せた先生は、今にも泣き出しそうに見えた。

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