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2.変わらない距離(8)

 ――名木先生って、こんなに小さかったっけ。  思わず抱きしめたい衝動に駆られ、俺は逃げるように視線を逸らした。これ以上見詰めていると、また余計な一線を越えてしまいそうだった。 「俺もできればそうしたいんですけどね」  自嘲気味に零して、小さく苦笑する。先生は俯いたまま動かなかった。  居た堪れない沈黙が続く。  まただ、と思う。どうしてこうなるんだろうと、過日と同じことを考える。  俺は先生の笑顔が見たいだけなのに。  気がつけばすっかり日も暮れて、辺りは随分暗くなっていた。 「……先生って、本当に瀬名の前だけだよね。――あんな幸せそうに笑うの」  先刻までの先生のように、フェンス越しの空をぼんやり眺める。その傍ら、半ば無意識に呟いた。  見るともなく見ていた視界の端で、カシャ、と控えめな音がした。  フェンスにかけられていた先生の手に、不意に力が込められたのだ。  俺は幾分はっとして視線を横向ける。 「俺は……」 「俺は?」  問い返すと、先生はゆっくり顔を上げた。  そのまま素っ気無く踵を返した先生の頬に、涙の痕はない。  後を追って振り返ろうとした俺を、制するように先生は言った。 「――目敏すぎる子供は嫌いだ」  その言葉をさらうように、強い風が吹きぬけた。  しかし目聡い俺は、どうやら耳も聡いらしくて、 「嫌い……」  嫌でもはっきり聞こえたそれを、今更聞かなかったことにもできなかった。

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