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2.変わらない距離(10)
翌週の月曜日、朝のショートホームルームで例の花束は華々しく贈呈された。
受け取った瀬名が一瞬予想以上に驚いた様子を見せたのは、案外その企画自体よりも花束の豪華さによるものだったのではないかと思う。
もちろん生徒への感謝の気持ちも本当だろうが、「余り気を遣うなよー」と言い添えた彼の表情は、どこか申し訳なさそうでもあった。
「本当に、有難うな」
律儀に花束を抱えたまま出席を取り終えると、瀬名は改めて教室内を見渡して頭を下げた。その目元には、感動の余りか涙まで浮かんでいる。
それを見た数人の生徒が、「それくらいで泣くなよ」とからかい半分に笑う。瀬名は照れくさそうに頭をかいた。
「それで赤ちゃんの名前、何になったんですか? 先生が決めたの? それとも奥さん?」
その和やかな空気に乗じて、一部の女子から新たな質問が向けられる。
瀬名は「あぁ」と首を縦に振り、素直に答えた。
「名前は美月(みづき)だ。美しい月と書いて美月。先生が決めた」
瀬名の言葉に、室内はまたいっそう色めきたった。「かわいい」だの、「意外」だの、好き勝手な感想が次々に飛び交う。
だが俺はそれには乗れない。それどころか絶句していた。
「……つか、ミヅキって」
声にならない声で呟くと、再度心の中で反芻する。
ミヅキ。ミズキ。――瑞希。
そうして辿り着くのは名木先生の名前しかない。
何だよそれ……。
偶然とは思えなかった。この期に及んで、瀬名が名木先生の名前を知らないはずがない。
だとすれば、瀬名はあえてその名を選んだということになる。
そりゃキツイわ……。
先週、屋上で見た名木先生の姿を思い出す。やっと原因がはっきりわかった。だから先生はあんなにも揺れていたのだ。
実際、瀬名の方に悪気はないのだろうと思う。もしかしたら、純粋に〝みづき〟という響きが気に入っただけかもしれない。
可能性だけなら、もともとそう言う話――お前と同じ音の名前がつけたいとか――が出ていたとも考えられる。
でも、例えそうだったとして、それが現実となって名木先生が何も感じないはずがない。
覚悟の上のことだって、傷付くときは傷付くものだ。それは俺も身をもって知っている。
「てか、美しい月って……ちょ、さすがに夢見すぎ」
隣からひやかすような加治の声が聞こえてくる。
その目線の先では、
「産まれた日に月がきれいだったとか?」
「よく分かったな」
「誰でもわかるし!」
などと、他愛もないやり取りが続けられていた。
瀬名は嬉しそうに笑っている。名木先生の気持ちも知らないで、自分だけ心から幸せそうに。
さすがにここまでくると、俺もだんだん腹が立ってくる。瀬名の幸せこそ名木先生の本意だと解っていても、知らないから何をしてもいいわけじゃないだろうと瀬名自身に言ってやりたくなる。
「そういや、確か名木ちゃんも響きだけなら同じ名前じゃなかったっけ? さすがに〝美しい月〟じゃあなかったと思うけど。……なぁ、仲矢?」
おかげで、そこに続けて声をかけてきた無関係な加治にも、
「さぁ忘れた」
俺はもうそれだけの返事しかできなかった。
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