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3.仮初めの距離(4)

 マジかよ……。  俺はげんなり肩を落とす。  確かに心にもない反省文を書かされるよりはずっと有益かもしれない。  だが実際問題、俺は化学が苦手なのだ。それは担当教師が誰であるにかかわらず、昔からそうだった。  だからこそ本当は授業にも出ておくべきだったのだが、名木先生のことで一方的に抱いていた瀬名への反感が、なかなかそれをよしとしなかった。 「で、これからはもう少し真面目に授業に出るように。解かったら、もう行っていいぞ」 「ハイ……」  渋々受け取ったそれをカバンに仕舞い、頷くように頭を下げる。 「頑張れよ。お前ならできるから」  と、部屋を出て行く直前、目が合った瀬名は、包み込むように優しい笑顔を俺に向けた。 「……失礼しました」  何故だかとくんと心臓が鳴った。俺は逃げるように会釈を重ねてドアを閉めた。  踵を返し、早足にその場を離れる。  何だか妙に落ち着かない気分になっていた。胸の奥がじんとして、くすぐったいような気恥ずかしいような、自分でもよくわからない感覚に陥っていた。  あえて言うなら、〝嬉しい〟に近い感じもするが、できればそれは認めたくない。何て言うか、照れ臭い。 (何なんだよ、一体……)  ただ、どちらにしろ解った気はした。漠然とではあるけれど、名木先生が、瀬名を好きになったわけが。  俺は廊下の片隅で、瀬名にしか見せない先生の笑顔を思って苦笑した。

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