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3.仮初めの距離(5)
化学準備室を後にした俺は、その足で旧校舎の屋上に向かった。
「なんか、マジで雨降りそうだな……」
ドアを開ける前に、何気なくはめ殺しの窓を覗くと、西の空が先刻よりも更に暗くなっていた。
でもまだ実際に降っているわけじゃない。
「ま、降ったらそん時考えよ」
俺はそう独りごちると、構わず施錠を解いて外に出た。
後ろ手に重いドアを閉め、一度頭上を仰ぎ見てから、そのすぐ脇へと腰を下ろす。
ここなら一応軒下になるし、もし本当に降りだしたとして、少しくらいの雨なら凌げるだろう。仮に誰かが上って来ても、ドアは傍だし、足音や気配でこっちが先に気付けるはずだ。
……まぁ、もとよりこんな場所にやってくる人間なんて限られてるから、それも無用な心配だろうけど。
名木先生も最近は落ち着いているみたいだから、ここに来ることは無さそうだし。
「教科書……だけはちゃんと持ってきてんだよな、これが」
変なところで不真面目に徹しきれない自分に苦笑しながら、俺は課題の押し込まれたカバンを開けた。
提出期限は今週中と言われたが、今日はもう週も半ばだ。できるだけ早めに取り掛からないと間に合わないかもしれない。
化学はもともと苦手な上に、最近では授業にもほとんど出ていなかったのだ。出ていたとしても大概は上の空で、内容なんて何一つ覚えていないに等しかった。
かと言って、どうしても他に気を取られがちな自宅では絶対はかどらないし、それなら図書室と思っても、それはそれでクラスメイトの一人でもいるかもしれないと思えば面倒で選べなかった。
だからここに決めたのだ。十中八九、誰の邪魔も入らないだろうこの屋上(場所)に。
――と、そうは言っても、本当にそれが全てかと言われれば答えは否だった。
なんだかんだ言って、結局俺は心のどこかで期待していたのだ。屋上に来れば、名木先生に会えるかもしれないと。
何度も自分に「いるわけない」と言い聞かせながら、正直いま顔を合わせるのは気まずいと思いながらも、一方ではそれでもいつかみたいにドアの鍵が先に開けられていることを願っていた。
――まぁ、それも見事に夢へと消えたわけだけど。
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