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3.仮初めの距離(7)
「せ、んせい……」
どうにか振り返って視線を上げると、そこには何食わぬ顔して俺の手元を覗き込む名木先生の姿があった。
いったい、いつのまに……。
ていうか、マジでいつから?
思えば動揺するばかりだったが、それを誤魔化すためにも、俺は努めて言葉を継いだ。
「名木先生は、また煙草ですか。前から思ってたけど、職員室でも吸えるんでしょ、一応」
折よく、先生は取り出したばかりの煙草を口に添えたところだった。
「まぁでも、吸わない職員の方が多いからな」
「そう言うとこは、ちゃんと気を遣ってるんですね」
笑って返すと、先生は「別に」とだけ答えて視線を空へと向けた。
俺は手元に目を戻し、おざなりに重ねていた課題の束を簡単に整えた。
ついでにちらりと、カバンから覗いていたペンケースを確認する。あの中には、先日偶然手元に残った先生の煙草が入っている。できれば気づかれたくない。
「あ、いまの皮肉じゃないですよ」
ペンケースの方は問題なさそうだった。そのことに内心ほっとして、思い出したようにフォローを入れる。実際にはフォローと言うより、間を持たせようという心算もあった。
すると先生は再び俺の方を見て、僅かに目を細めた。
「――それ、化学の宿題か?」
「え……」
先生の目線を辿ると、俺の手の中のプリントに辿り着いた。
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