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3.仮初めの距離(8)

「教えてやろうか」  先生は目を凝らし、その紙面をじっと見ている。本気で内容を読み取ろうとしているようだ。 「……ていうか、先生化学できんの?」 「高校レベルくらいなら多分な。昔から苦手な方じゃなかったし」 「へー、意外」  言って肩を竦めると、先生は俺を一瞥した。 「意外って……一応俺も理数系だからな。理数系つったら、理科と数学だろ。……そう言うお前も数学は得意じゃないか」 「数学はそうだけど……化学は覚えることが多いからちょっと」  苦手、と言外に濁しながら、俺は不意に伸ばされた先生の手を目で追った。 「教科書」 「あ、はい」  端的に言われると共に指差され、俺は慌ててその先に転がっていた教科書を拾い上げる。  手渡したそれを、先生は手馴れた所作でめくり、 「ここ」  とあるページを開くと、その面を俺へと向けて、片側のページ下をトントンと指先で叩いた。  俺は一つ瞬いて、示された箇所へと目を向ける。ちょうど解けなくて困っていた問題に関する部分だった。 「うわ、マジだったんだ……」  実際、その周辺を熟読すると、嘘みたいに課題は進んだ。  でも俺は、そんな名木先生を素直に尊敬する一方で、ふと〝瀬名の得意な化学だからかな〟とも思ってしまうのだった。

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