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3.仮初めの距離(11)*

「……自分の言ってる意味、解ってるのか」  先生は唖然とした面持ちで俺を見ていた。だけど、意外なことにそれ以上の反応はない。  俺は伏し目がちのまま、小さく笑った。 「解ってますよ。俺は瀬名を好きな先生を好きになったから、先生の気持ちまで全部欲しいとは思っていない。先生が瀬名を好きでいたいなら、好きでいればいいと思う。ただ、その上で縋る場所が欲しくなったときは、できれば俺に縋って欲しいって、そう言ってるんです」  先生はなおも動かなかった。俺が掴んだ手を退くこともなければ、過日のように有無を言わさず一蹴するような態度も見せない。 「……あ、でも」  堪えかねて、俺は顔を上げた。 「どうしても無理だと思ったら、ちゃんとそう言ってくださいね。それって裏を返せば、俺がただ先生に触れたいだけかもしれないし」  先生の目をじっと見詰めて、掴んでいた手を口許に引き寄せ、手首の内側――その薄い皮膚に唇を押し当てる。  先生はぴくりと肩を揺らし、戸惑いもあらわに瞳を揺らした。  それでも不思議と抵抗を見せない先生に、俺は静かな声で問う。 「先生こそ……ちゃんとわかってる?」  俺の言ったことの意味が。  俺は先生の気持ちまで欲しいとは思っていなくて、でも先生の力になりたいのもホントで、そのくせ自分が単純に先生に触れたいと思っているのも嘘じゃないから、だからその線引きは先生にして欲しいって、そう言ったんだよ。 「先生が止めないなら、俺はやめないよ」  最後通牒のように言って、俺は先生の手首から唇を離した。そして次にはもっと直接的に先生との距離を削っていく。  傍に寄れば寄るほど、鼻先を掠める煙草の香りが鮮明になる。  上体を傾け、先生の顔に自らの顔を近づける。口付けるような角度をもって、更に間合いを詰めた。 「……待………」  すると、そこでようやく先生の頭が後ろに反れて、背後のドアに軽くぶつかる音がした。  唇は、いまにも触れる寸前だった。  俺は先生が退いた分だけできた距離で、囁くように問いかける。 「やめろ、じゃないんですね。それって、待てば触れてもいいってこと?」  先生は僅かにたじろいだ。しかし、もうそれ以上の逃げ場はない。先生の背後にあるのは、固く閉ざされた冷たいドアと壁だけだ。  俺は放さないでいた先生の手を、その壁にそっと押し付け、 「ねぇ、先生……、俺は先生の本音が聞きたい」  言いながら、他方の手で髪へと触れた。指の背の部分で、表面を緩慢に撫でつけて、時折梳くように指先を中へと差し入れる。それが耳を掠めた瞬間、先生は咄嗟に息を詰めた。

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