41 / 137
3.仮初めの距離(14)*
「……先生って、いつから瀬名のこと好きなの」
問いを重ねると、先生はやはり沈黙したが、ややあって「お前くらいの頃からだ」と静かに教えてくれた。
そんなに前から……?
今度は俺が言葉をなくす番だった。
「先生って、馬鹿だよね……」
普段は結構器用なくせに、こんなときばかり不器用で。
そこまで一途に想い続けて、一方的に操まで立てて、それで何かいいことあった?
俺なんて先生を好きだと言いながら、普通に遊んでたんですよ。どうせ届かないんだからって。
なのに先生は、同じように成就を諦めながらも、ちゃんと気持ちを貫いていたんですね。
――本当に、なんて幸せな男だろうと思う。羨ましくて仕方ない。そしてそれ以上に妬ましくてたまらない。ここまで先生に想われている瀬名が。瀬名広明が。
胸の奥が締め付けられる。切なく疼くその痛みに、俺は隠れたいように先生の襟元へと顔を埋めた。
「……仲、矢……なに、どうした」
「別に、なんでもないです」
俺は小さく首を振り、
「ああ……初めての相手は、面倒……か」
「うわっ、ホントに馬鹿だ。先生ってそんな馬鹿でもやっていけるんですね」
込み上げた涙を誤魔化すよう悪態を吐(つ)いた。
「面倒とか……思うなら最初から手ぇ出さないですよ」
それからゆるりと頭を擡げ、組み敷いた先生の顔を上からじっと見下ろした。
改めて近くで見ると、こんなに綺麗な人だったかと思う。
目元にかかっていた前髪を柔らかく払うと、見上げてくる双眸は想像よりずっと澄んでいた。
俺は宥めるように先生の頬を撫で、声無く少し笑って見せた。
ともだちにシェアしよう!