52 / 137
4.守りたい距離(3)
緩く頭を振り、声のした方に顔を向けると、続けざまに加治が言う。
「大丈夫なんだろうな、お前」
「何が」
「余計なもん持ってねぇんだろうなって言ってんの」
加治は焦れたように顔を顰め、潜めた声で早口に続けた。
「もうすぐ回ってくんだろ、お前の番」
目線で促され、さり気なく教室内を一望する。加治の言うように、瀬名の姿は早くも残り一列のところまで迫っていた。
「マジ何も持ってねぇんだろうな」
同じ質問を何度も向けられるのは、俺がはっきり答えないからだろうが、どっちにしてもいい加減鬱陶しくなってきた俺は、「ねぇよ」とすげなく言いかけて、
「あ……」
そこでふと口を噤んだ。
「何だよ」
怪訝に眉を潜めた加治の前で、俺は自分のカバンに目を遣った。
そうだ、俺のペンケースにはいまも名木先生の煙草が入っている。
俺が初めて、先生へと真っ直ぐ差し伸べた手で、その唇から奪った煙草が。
俺はそれを、未だに持っていたのだ。直接肌を重ねてなお、どうしても手放すことができなくて――。
ともだちにシェアしよう!