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4.守りたい距離(4)

「………」 「持ってんのかよ」  完全に沈黙した俺に、加治は、は、と短く息を吐いた。 「箱か? ライター?」 「いや、一本だけ」 「一本か……」  小さく舌打ちを漏らし、ちらちらと瀬名の位置を確認しながら、まるで自分のことのように慮って低く呟く。 「って、何で一本? 貰いものか?」 「まぁ、そんなとこ」 「つか、それならそれでとっとと吸って終わらせとけよっ」  ふざけるように即答されても、その様子から心配してくれているのは本当だと分かる。  ていうか、なんでお前の方がそんなに必死なんだよ。  見ていると、何だかおかしくなってきた。 「何がおかしいんだよ。笑ってる場合か。お前のことだろ」  呆れられても、俺はもう笑い返すしかない。それくらい俺は落ち着きを取り戻していた。  焦ったのは最初だけだった。  だってどうせ見つかってしまうなら――。 「瀬名先生ぇ――」 「え、ちょ……仲矢?」  加治には悪いと思いながらも、俺はおもむろに席を立った。頭上に掲げた片手をひらひらと振った。  たちまち部屋中の視線を一斉に集めたが、気持ちはまったく揺らがなかった。 「仲矢……?」  振り返った瀬名が、驚いたように目を瞠る。  俺はカバンから取り出したペンケースを、見せ付けるように眼前に掲げた。  瀬名に向けて蓋を開け、中身をしっかり開いて見せた。そこにある、細く白い筒がよく目につくように。 「これでしょ、銘柄。先生ごめん、だって急に雨が降ってくるからさぁ」  最後にとどめとばかりに言って、わざとらしく頭を掻いた。

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