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4.守りたい距離(7)

「ほら、うちのクラスの副担任がいるだろう、名木先生。彼もその喫煙者だ。俺は銘柄には疎いから、何を吸っているのかまでは知らないが」 「銘柄なんて、誰だって似たようなの吸ってますよ。ずっと売れてるレーベルなんて、そんな変わんないんだから」  売れ筋云々ってのは、コンビニでバイトしてるから知ってるってのもあった。言わないけど。 「そんなもんか? って、お前やけに詳しいな」 「だから俺が吸いましたって、白状したでしょ」  俺はあからさまな溜息をつき、俯くように床へと一度視線を落とした。  足元には、帰り支度を済ませた自分のカバンが置いてある。中にはペンケースが入っており、しかし、その中にあの煙草はもう存在しない。  実感すると胸がせつないように痛んだが、俺は平静を装って顔を上げた。 「まぁでも、そんな頻繁に吸ってるわけじゃないですし、これに懲りてもうやめることにします」 「おお、そうだな。お前なら信用できる。どうせ魔が差したようなものだったんだろうしな」 「まだそんな甘いこと言ってるんですか。いい加減、買いかぶりすぎですよ」  俺は呆れたように肩をすくめた。すると瀬名が、「なんだか立場が逆だな」と今頃になって苦笑する。それに少しだけ付き合って、俺も愛想笑いを返す。 「……あ、でも」  ややして、俺は密やかに深呼吸をした。  自分でも未練がましいとは思うけど、やっぱり諦めきれなかった。  平然と会話をしながらも、ずっと思考の片隅で考えていたのは煙草の行方。  あの煙草はいまどこにあるのか。もしかしたらまだ瀬名が持っているかもしれない――と思えば、言わずにはいられなくなった。  緊張に震えそうになる声を必死で抑えながら、俺は静かに告げた。 「先生が本当にそう思ってくれるなら、あれ……あの煙草、返してもらえませんか」

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