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4.守りたい距離(14)

「何だよ、これ」  俺は緩慢に起き上がり、差し出されたそれをじっと見た。 「名木ちゃんちの住所」 「住所?」 「そ。学校挟んで逆方面だけど、まぁ電車で行ける距離」  名木ちゃんは確か車で通勤してたよな。そう付け足しながら、加治は小さく口端を引き上げた。  なるほど、紙面には確かに見慣れない住所の走り書きがある。しかも、その他にもわざわざ調べてくれたのか、路線や乗り換え案内まで添えられていた。 「なんなら付き合うぜ」 「あー…、いや、いい」 「まぁそう言うだろうと思ってたけど」  俺がそれを受け取ると、加治は「よっこいせ」と年甲斐もない掛け声と共に腰を上げる。  いつもなら「何でもお見通しみたいに言うな」と続けていたところだが、今はそんな気になれなかった。実際お見通しなのは間違いなさそうだし、ここはもう好きに言わせておくことにする。  それよりいまは――。 「……色々悪かったな」  俺は浅い深呼吸をして立ち上がり、静かに言った。幾分冷静になった頭で、考えた末の言葉だった。  すると加治は一瞬目を丸くしたものの、 「まぁ、あれだよ。自分がエラーしたときは、やっぱ自分で挽回しねぇとって言う……。後から使ってもらえなくなったら、それこそいままでの苦労が水の泡じゃん」  次には妙にしみじみと零しながら、出し抜けに素振りの真似をした。  そして俺に再び笑いかけると、手早く足元のカバンを拾い上げ、 「じゃ、そういうことで。――頑張れ、帰宅部部長」  後は軽く片手を挙げて、独りさっさと部屋を出て行った。 「……勝手なことばっか言いやがって」  追いかけようにも目の前でドアを閉められ、そのまま部屋に取り残された。  まるで台風が過ぎ去ったような静けさの中で、俺は溜息混じりにぽつりと呟く。 「誰が帰宅部部長だよ」  改めて手の中の煙草とメモに目を向けると、そっとその手に力を込めた。  恋人には恵まれなくても、友達には恵まれている方かもしれない。  俺は綯い交ぜの感情をぼんやり感受しながら、心の中で苦笑した。

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