65 / 137
5.近くて遠い距離(2)
「何だ、あれ」
改めて見渡した視線の先で、ふと何かがうごめいた。
「野良犬か……?」
まさか野犬だとか言わないだろうな。
俺は一応足を止め、様子を窺ってみた。
「なんだ、人間じゃねぇかよ」
じっと目を凝らすと、それはすぐに判断できた。
その人は、どうやら道路脇の溝に何かを落としてしまったらしく、手元もろくに見えない暗がりの中、幾度かそれを持ち上げようとしては、失敗に終わっているようだった。
「あの、どうかしたんですか」
丁度街灯と街灯の間に位置していた所為で、周囲は結構な暗さだった。
それでも近づくにつれ、何が起こっているかの詳細もちゃんと分かり、
「ああ、自転車……ちょっと代わってください、俺やりますよ」
「まぁ、ごめんね。有難うね」
そう言って柔らかく頭を下げた相手が、優しそうな年配の女性であることもすぐに知れた。
俺は手に持っていた携帯とメモをジーンズのバックポケットに突っ込むと、側溝にはまり、ペダルがひっかかって抜けにくくなっていた自転車を、どうにか路上へと引き上げた。
「この辺、暗いですよね。せめてもう少し街灯があったら……」
「えぇ、そうね。……でも、慣れてしまえば案外大丈夫なのよ」
「そうですか……」
全くそうは見えなかったですけど。と、咄嗟に口をつきそうになった言葉はもちろん飲み込んで、俺は再びポケットから携帯を取り出した。
ともだちにシェアしよう!