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5.近くて遠い距離(3)
何をするのかと不思議そうな女性を横目に、機能にあった簡易ライトを点けて、それで目の前の自転車を照らす。
一応、確認だけでもしておこうと思ったのだ。もしどこか故障していたら、いつまたこの人が大丈夫でない事態に陥るか分からない。どうやらこの自転車自体も、結構な年代物であるようだし――。
「あらあら、わざわざ本当に有難うね。えっと……」
「あ、俺この辺に住んでる人間じゃないんで」
小さな明かりを頼りに、まずはブレーキを確かめた。次に先ほど溝にはまっていた後輪とペダル。残すは前輪。
そう、思った時だった。
「夕……?」
身を屈め、俺は思わず凝視した。自分がライトで照らしている先――前輪の泥除け部分を。
そこにはいまどき律儀に名前が書いてあった。
いつ書かれたものなのか、太めのマジックで直接手書きされたそれは、ところどころ掠れて消えかかってはいたけれど、
「違う、名……名木?」
俺にはどうしてもそう読めてしまい、
「名木さん……ですか?」
堪えきれず恐る恐る尋ねると、
「え? はい。私の名前は名木ですよ」
彼女は柔らかく微笑み、あっさりそれを認めてしまった。
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