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5.近くて遠い距離(5)

「悪かったな、手間かけさせて」 「いえ、別に大したことじゃないです」  通された屋内は天井が低く、和室が多いのか、廊下でも分かるほどの畳の匂いはどこか懐かしい感じがした。  部屋の作りも、ほとんどが襖を開ければ全て繋がってしまうような昔ながらの建築様式で、だがその中にあって先生の部屋だけは、増築だか改築だかした部分らしく、地続きではありながらも独立した間取りになっていた。 「古い家だが、壁は結構厚いからな。格安のワンルームマンションなんかよりよっぽど声は聞こえない」  俺を安心させるためか、部屋に入るなり、先生は前置きでもするようにそう言った。  しかし、実際室内を見渡してみると、奥にはどうみても押入れとは違う襖がある。他の部屋からは独立していても、この部屋自体、二間続きの間取りらしいのだ。  そうなるとやはり隣室が気になってしまう。  もしその部屋が他の人――例えばあき子さんとか――の部屋だったら、と……。 「何の心配をしてる」 「いえ、あの……」  先生の言葉を聞いていれば、それは杞憂だと言っているも同じだと分かる。だけど、どうしても確信がないと不安になる。  だって俺がこれから切り出そうとしている内容は、俺にとっても、先生にとっても、お世辞にも体面のいい話とは言えない。  ともすれば先生だけでなく、先生の身近な人――当然あき子さんも含まれる――まで傷つけてしまうかもしれないのだ。  もちろん、俺自身のことだって、できればあまり聞かれたくない。  そもそも、この家に何人の人が住んでいるかも知らないのに、気にならない方がおかしい気もする。 「ああ、うちはばあちゃんと俺の二人暮らし。あの襖の奥は俺の寝室。もっと言えばばあちゃんの部屋は玄関の向こうで、この部屋はその真逆の端だ。……ほら、次。他に気になることは?」  気がつけば奥の襖ばかりに目が行っていた俺に、先生は呼気だけで笑って言った。  その言葉に、ふっと肩から力が抜ける。俺は「ないです」と首を横に振った。

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