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5.近くて遠い距離(8)

 結局、先生は何が言いたいんだろうとぼんやり考える。  すると先生が答えるように言った。 「広明さんが、悪いわけじゃない」  俺はその間、ずっと俯きがちな先生の姿を見詰めていた。いつしか焦点は曖昧になってはいたけれど、目を背けることだけは一度もしなかった。  ――解った。  やっと理解できた。先生はただ、瀬名を庇いたいだけなんだ。瀬名をどうにか正当化しようと、心を砕いている。それくらい、瀬名に心酔しているから。  そんなこと、今はどうでもいいのに。それくらい瀬名が大切なんだってことも、言われなくても解ってるのに。  反芻すると、全身から血の気が引いた。呼吸の仕方まで忘れたように息が詰まった。それが絶望感だと気付くのに、時間はかからない。 「俺は……」  その上追い討ちをかけられる。  俺は先生の指の間で、灰皿へと勝手に落ちる煙草の灰に、辛うじて視軸を合わせた。 「俺は、あの人の言うことなら、何でも聞き入れてしまいそうになる。今まではそれでも良かった。自分でもそれが正しいと思えていたからな。  だが……今回ばかりは、そうは思えなかった。思えなかったのに……やっぱり俺は彼の言い分に納得しそうになっていた」

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