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5.近くて遠い距離(9)

「……へぇ」  やっと何とか声になった。自然素っ気無い物言いにはなったが、少なくとも音にはなっている。  もういい。これ以上瀬名の話は聞きたくない。  苛立ちが嵩み、追い立てるように鼓動がどんどんうるさくなっていく。  俺は詰(なじ)るように言った。 「それで? 結局納得したんですか? しなかったんですよね。だから素直に引かなかったんでしょ。それとも、そこで加治に気付かなかったら、やっぱり納得してたの?」  内心のわりに、口調がそこまで荒れなかったのは、修辞疑問だったせいだろうか。  いずれにしても、そう一気に吐き出したことで少しは気持ちが収まった。  俺は握り締めていた手のひらを、机の下でそっと開いた。  先生は何も答えなかったが、それも想定内だった。  俺は声のトーンを落とし、静かに続けた。 「……ごめん。違うよね。先生は自分の為に、罪もない生徒を犠牲にするわけにいかないと思って、だから自分が責任をとろうと思ったんでしょ」  そうすれば、結果瀬名を守ることにもなるし。瀬名が名木先生の言うところの間違った道を歩むこともない。  ――まぁ、要するに瀬名のため。  結局、どうしたって行き着くところはそこなんだよね。  だけどその一方で、先生は俺のことも少しくらいは本気で考えてくれているでしょ?  自分でもバカみたいだと思うけど、そう考えることで幾らかは心が慰められる。  俺は小さく笑って言った。

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