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5.近くて遠い距離(11)
――理由なんて、分かってしまえば簡単なことだった。
それは俺がどうしても守りたかったものを、失いかけていたからだ。
俺がそこまで手放したくなかったもの――それは触れるでもなく、先生に縋ってもらうでもなく、俺がただ、一方的に先生のことを見詰めていられるだけの距離だった。
俺は畳み掛けるように続けた。
「俺はもう、今更ごちゃごちゃ動かれたくないんですよ。面倒なんです。親にもまた言い訳しなきゃならなくなるし、クラスのヤツらにだってどう思われるか分からない。
もし何か聞かれたら、どうしてそんなことをしたのかって聞かれたら、その時俺は何て言えばいいんですか? 俺は名木先生が好きだから、率先して濡れ衣を被りましたって言うの?
そんなことになるくらいなら、俺が先に学校辞めるよ!」
言い終わると同時、俺は机を叩いていた。気がつけば息が上がっていた。ここまで感情的になるつもりはなかったのに、言い出したらどんどん語気が荒れていった。
我に返ると、泣きたいような気分になった。鼻の奥がツンとして、じわりと目頭が熱くなる。
俺の様相に驚いたのか、先生はいつのまにか顔を上げていて、俺をじっと見守っていた。
その眼差しが尚更俺を惨めな気分にさせる。俺は顔を背け、奥歯を噛み締めた。
「……仲矢」
視界の端で、先生の手から煙草が離れた。
もみ消すでもなく、打ち捨てられただけの煙草は灰皿の上に落ち、瞬間的に途切れた紫煙をまた細く立ち昇らせる。
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