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5.近くて遠い距離(13)

「だが、お前は本当にそれでいいのか? 本気でこのままやり過ごしたいと思っているのか? もとはと言えば、悪いのは全部俺なんだぞ」 「違いますよ」  言われて俺は、呼気だけで笑った。 「問題は〝何故あの時に先生が煙草を拾い忘れたか〟で、その答えは、〝俺が先生からその余裕を奪ったから〟でしょ。だから悪いのはやっぱり俺です」  もう、どうせ後には引けない。  そう思ったら、自分でも驚くほど平然と答えていた。  頭に触れていた手がぴたりと止まる。その仕草から、先生の隠し切れない動揺が伝わってきた。  ……かわいい人。  まるで何も無かったみたいな顔して、案外意識してるんだ。  俺はやっとまともに笑う余地を得て、ゆっくり顔を上げた。 「だから先生、頼むから俺に羞恥プレイを強要するのはやめてください」  わざとらしく懇願しながら、固まったままの先生の手を両手で掴む。先生がはっきり拒絶しないのをいいことに、祈るように胸の前で握りこみ、なおも芝居染みた口調で訴える。 「ねぇ、本当に。マジ卒業まで延々女子にからかわれるとか、俺絶対無理ですからね」  引き寄せた先生の手を見下ろして、俺は僅かに笑みを深めた。  いつかみたいにその手首にキスをしたいと思ったが、いまはだめだと思いとどまった。せっかく取り戻した距離を、また手放すようなことになったら元も子もない。  どんなに近づきたくても、一定以上に近づけないのは分かっているし、下手に近づいて今以上に離れてしまうくらいなら、このままの距離でいる方が幸せだ。  かと言って、物理的に手が届く距離にいるとそれはそれで触れたくなってしまうから、そうならないためにも、俺はそろそろ退散しなければならない。  俺は名残惜しく思いながらも先生の手を離し、 「帰ります」  と、きわめて普通の笑顔を浮かべて立ち上がった。  なのに、そんな俺の努力もむなしく、続いて腰を上げた先生は、 「送ってやる。もうこの時間に最寄駅を通る電車はないからな」  あろうことかそう言って、傍にあったカバンの中から車のキーを取り出した。  ――マジかよ。こっちはできるだけ早く独りになりたいと思っているのに。つーかまだ十一時前なのに!  できることなら当然断りたかった。車内に二人きりなんて、下手をしたらいまよりもずっと近い距離になる。ある程度の距離を保とうと決めた途端にこれだ。  だが、実際電車がないとなれば、他に帰る手段はない。タクシーで帰る金もないし、簡単に徒歩で帰れる距離でもない。  こんなことならもっとバイトをガンガン入れて、とっととバイクを買っておけば良かった――と、いまさら悔やんでもどうにもならないし、何より断るのが一番不自然な気もした。  となれば、もう他に選択の余地はなく、 「……お世話かけてすみません」  結局俺はそんな心ばかりの謝辞と共に、頭を下げるしかなかった。

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