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5.近くて遠い距離(15)
「え? 瀬名? ……同級生って、さっき言ってたこの近くに住んでるっていう?」
「そう。……広明さんの弟だ」
「は……、あぁ、なるほど……。それで詳しかったんですね」
突然何を言い出すのかと思えば、要するにまた瀬名の話かよ……。
俺は納得したように返しながらも、一方では憮然として溜息をついた。
「最近は来ていなかったんだがな」
先生はどことない前方を見詰めて、ぼんやり呟く。
俺は僅かに逡巡してから、「それで?」と先を促した。
先生は一旦目を伏せて、ぽつりぽつりと話し始めた。
「広明さんの弟とは、高校で知り合ったんだが、妙に気があって……すぐに向こうの家にもちょくちょく遊びに行くようになった。……それこそ、試験期間中は毎日入り浸るくらいの勢いで……。
――で、その時、たまたま家にいた広明さんが勉強を見てくれたことがあって、それをきっかけにたびたび家庭教師のようなことをしてもらうようになったんだ」
「……そのときの瀬名って、大学生?」
尋ねると、先生は無言で頷いた。
「最初は、単なる友人の兄としか思っていなかった。でも、そうして接する時間が増えるにつれ、純粋にその人柄に惹かれるようになり、いつのまにか尊敬が憧憬になって、更にそれが――」
「先生、辛いならわざわざ言わなくてもいいよ」
無意識にだろう、先生はハンドルに添えていた手を強く握りこんでいた。俯きがちの相貌もすっかり陰りを帯びていて、ともすれば今にも泣き出しそうにも見える。
なのに先生は、俺の言葉に緩く首を振った。そうして静かに目を開けて、独白のように言う。
「いや……お前には、ちゃんと言っておくべきだと思って」
「え……、それって、どう…――」
言いかけた言葉が、途中で消えた。そこで先生の意図に気付いたのだ。
先生がわざわざ車を駐車場に入れたのは、何も俺に瀬名との昔話を聞かせるためだけじゃない。それにかこつけて俺に釘を刺すためだ。
もう、二度と見ているだけの距離を越えるなって。間違っても触れるなって。
……きっとそういうことなのだ。
辿り着いた答えに、たちまち背筋が冷たくなる。
俺はゆっくり顔を背けて、さっきまで先生がしていたように、どことない眼前に目を遣った。
心臓が、痛いくらいに早鐘を打ち始めていた。
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