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5.近くて遠い距離(16)
先生はどさりと背凭れに身体を投げ出し、目元を片腕で覆った。
「俺は、どうやっても広明さんを想うことをやめられなくて……それこそ、受験が終わって、顔を会わせる回数が減っても、それは全然変わらなくて――」
そして再び、告解を求めるかのように言葉を紡ぎ始める。
その響きが余計に俺を遣る瀬無い心地にさせる。
胸の奥に、鋭い痛みが走り、これ以上はもう聞きたくないと、耳を塞ぎたくなる。
そんな俺を他所に、先生は続けた。
「俺の心の中は、……あの頃からずっと、広明さんのことでいっぱいで」
だからもう、本当に無理なんだ。俺はお前の気持ちは受け入れられない。俺はこれからもそうやって、広明さんのことだけを想って生きて行きたい――。
ほんの少し先を想像するだけで、足元から全てが崩れ落ちていくような感覚に襲われる。寒いように震える歯の根を、悟られたくなくて強く噛み締めた。
「……なのに」
外界の音がどんどん遠くなり、自分の忙しない鼓動と呼吸音ばかりが耳につく。
「なのにいつからかその一部をお前が占めて……」
視界の端で、先生は顔を隠していた腕を緩慢に下ろした。
「あの日――あの雨の日以降は、その割合が更に増えて」
その手が今度は俺へと伸ばされ、振り向けない俺の肩に触れた。
「今では少なくともその分……お前のことも放っておけないとは思い始めている」
ゆっくりと綴られる言葉が、遅れて思考回路に辿りついた。
――放っておけない……?
先生が?
俺を?
肩先に置かれた先生の手に、じわりと力が込められる。
「仲矢……こっちを見ろよ。俺の顔なんてもう見たくもないのか」
言われても、すぐには従えない。
だって意味が……放っておけないって、どう言う意味?
先生が好きなのは瀬名で――瀬名広明で、でも俺のことも放っておけない……?
それって要するに、手のかかる子供としてってこと?
できの悪い生徒としてって意味?
考えれば考えるほど、凍りついたように身体が動かなくなる。辛うじて動いた視線だけが、所在無げに中空を彷徨っていた。
単なる子供や生徒として、ということならある意味何も感じない。だけど、そうやってわざわざ言葉にするってことは、最低でも他の生徒とは違うってことだと思っていいんだろうか。
でも、だとしたらどこが?
どこかどんな風に違うの?
……ねぇ、そこを教えてよ。
「先――」
そう、やっと口を開きかけた時だった。
俺は目を瞠り、息を呑んだ。
言葉の続きを奪ったのは、先生の唇だった。
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