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5.近くて遠い距離(17)*
――え……、何……?
その直前、振り向かせるように肩を引かれたのは認識していた。それと同じくして、先生の顔が近づいてきたのも。
だけどまさか、そのまま――キス、されるなんて。
「…っ……」
目の前の光景が信じられなくて、俺は触れ合ったままの唇をどうすることもできない。
初めて好きな人とキスをしたみたいに、心臓の音ばかりがどんどん大きくなって、危うく唇から伝わってしまいそうだとどこか他人事のように思う。
「……、…」
先生の唇が、僅かに開く。薄くできた隙間から、迷うように舌先が覗いた。その先がおずおずと俺の唇に触れる。ぎこちない仕草で合わせを辿り、かと思えば、何事もなかったかのように逃げ帰っていく。
その感触が徐々に俺を現実に引き戻し、改めて状況を把握すると、途端にどうしようもなくテンションがあがった。
だって先生の方から俺に触れてくるなんて初めてのことだった。
だめだ。やばい。――もっと触れたい。
たちまち霞む理性に思わず手を伸ばしかけるが、すんでのところでどうにか堪える。
俺は指を握り込みながら、吐息が掠める距離のまま囁くように問う。
「ねぇ、先生……このキス、どういう意味……?」
すると先生は、その問いにこそ困惑したと言うように、上擦る声で小さく答えた。
「いや……、何だか、お前が泣いているように見えて」
「泣いて……はないですけど。ああ、でも……そっか、そういうことか」
その言葉に、俺は思わず空笑いを漏らす。
それはまさしく、先刻俺が口にしかけていた問いに対する答えだった。
先生から見た俺と他の生徒の間に、何か違いはあるのか。あるとすれば、何がどう違うのか。
答えは簡単なことだった。
――それって、慰めてくれるってことですよね。俺だけは、特別に。
俺は一度視線を伏せると、一呼吸置いてから目を開けた。
そしてそれ以上は何も言わない先生の耳元に顔を寄せ、
「そう言うことなら、俺、遠慮しませんから」
一方的に宣言するように言って、唇を重ねた。
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