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5.近くて遠い距離(19)*

「ね。……だから、先生」  先生が何も言わないのをいいことに、俺は先生の座る運転席のシートへと手を伸ばした。そして何の前触れもなくレバーを引いて、その位置を後方にスライドさせる。背凭れも限界まで後ろに倒す。 「っ、!」  と、それに連れてガクンと傾いた身を、先生は慌てて起こした。 「お、前はっ……、この間も思ったが、こういうことにかけては本当に手慣れているな……っ」 「ええ……っ、そ、そう? ……いや、でも言うほど経験豊富ってわけでもないですよ、俺」  慌てて弁解しようとしたが、先生はまるで聞く耳を持たないといった風に視線を落とす。  その態度はどこか拗ねているようにも見え、俺は思わず小さく瞬いた。  だって、この反応は……見方によっては、妬いているように見えなくもないわけで。  もちろん先生のことだから他意はないんだろうけど、それでも俺は何だか嬉しくなって、戯れに囁いた。 「先生、……もしかして妬いてる?」 「馬鹿は嫌いだ」  しかし、それを先生はさくっと一刀両断。俺はがくっと肩を落とす。それでもしつこく食い下がり、 「で、でも、先生の中での俺のポジション、少しは変わったんでしょ」  及び腰ながらも訊いてみたら、先生は何も答えずふいと視線を横向けた。  良かった、今度は全否定じゃない。  それはもしかしたら、ほんの些少な違いかもしれないけど、いままでのことを考えたらそれでも十分嬉しく思えた。  俺は胸を撫で下ろし、再浮上したテンションのままに、噤まれた先生の唇を啄ばんだ。

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