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7.epilogue(1)

 時計の針は午後十時丁度を指している。ようやくバイトの終わる時間だ。 「あ、来た。……時間きっちり。さすが」  コンビニのレジカウンターで時計を眺めていた俺は、軒先の狭い駐車場に入ってきた一台の車に目を向けた。  一番端の枠にぴたりと収まったそれは、ごく一般的なセダンタイプの普通車だ。色は白。 「先生……」  それだけで、思わず口に出して呟いてしまうほどに浮かれてしまう。自然と目尻が下がり、口元が緩む。運転席には、名木先生の姿があった。  相変わらず先生は、今日もモノクロ系のドレスシャツを着ている。きっと下もいつも通りに黒のストレートパンツなんだろう。 (今度着て欲しい服のプレゼントでもしてみよっかな)  プライベートで会うようになれば、たまには見慣れない私服姿も披露してくれるかと思っていたのに、 (……まぁいいんだけどさ。逆に何かエロいし)  実際の先生はいつ見ても学校で見ていたのとそう変わらない服装ばかりだった。 (つーか、たまにはコーヒーでも買って行けばいいのに)  そしてこれまたいつものことだが、先生はこうして俺をバイト先まで迎えに来ることはあっても、店の中まで入って来たことはない。  ガラス越しに手を挙げてくれるようなこともなければ目が合うこともないし、そもそも俺の姿を確認することすらしたことがないんじゃないかと思う。  何て言うか、そう言うところは本当にクールなのだ。一途というか、一辺倒というか……或いは頑固というか。  基本的に自分を曲げない人なのは解っていたけど、正直ここまで徹底しているとは思わなかった。  まぁでも、俺は先生のそう言うところも含めて好きになったわけで……。寧ろそう言うところに惹かれたからこそ、現在の関係が在るわけで――。  と、そう考えると今更文句の言いようもないんだけど。  もしかしたらほら、単にどんな顔して……とかって恥ずかしがってるのかもしれないし?  いや、だったらいいなって話だけど。 「あ、いらっしゃいませ」  客がレジに近づいてくる気配にはっとして、俺は慌てて仕事に意識を戻す。かと言って少しでも手が空けばすぐまた時計を見てしまい、 「つーか、まだ? まだ次のヤツこねぇの?」  思わず声高にぼやくと、同じくバイトの大学生が事務所から出てきて苦笑した。 「あと十分くらいで着くからって、いま連絡があったよー」  大学生とは言え、今年入学したばかりの彼女は、年が離れていないからか話しやすく、その上ショートカットで細身の長身――となれば、以前の俺なら速攻携番の交換を持ちかけていたくらい好みのタイプだった。 「これからあと十分ってことは……十五分くらいに到着、かなぁ?」  そう言って首を傾げる仕草もかなり可愛い。だが、今は不思議なくらい食指が動かなかった。それくらい先生が全てになっているのだ。 「十五分? ホントに十五分に来るんですか?」  俺は客が途切れるたびに、しつこいくらい何度も時刻を確認していた。 「うーん、どうかなぁ。多分大丈夫だと思うけど……。どうしたの、何か急ぎの用事でもあるの?」 「え、えっと……」 「仲矢くん、この夏休み中すごいシフト入ってるよね。お金が欲しいからかと思ってたけど、残業はキツイ?」 「あ、はい、残業はちょっと……特に今日は」  彼女の言うとおり、俺は夏休みで暇だからと言って、週に五日もバイトを入れていた。  いまとなっては後悔の嵐だが、そのシフトが決まったのは終業式よりも前のことで、そしてそんな希望を出したのは他でもない俺自身だった。  理由は単純に、バイクを買うための金を早く貯めたかったから。  だけど、それはあくまでも表向きの理由で、裏を返せばそうして毎日を忙しく過ごすことで、少しでも先生のことを考えなくても済むようにしたかったからだ。  だってまさか、あんな何事もなく過ぎていた日々から、こんな結果になるなんて夢にも思わないし……。  目に見えて親しくなっていたならともかく、寧ろ心の距離は完全に離れてしまったと感じていたくらいだったのに。  ――ていうか、マジ全然目敏くねぇじゃん、俺。

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