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7.epilogue(3)

      「何を拗ねている」 「だってまだ十一時なのに」  バイトが終わったのは午後十時。そこからたった一時間しか経っていない。  いや、正しくは一時間経っていないのだ。次のシフトのスタッフが遅れた所為で。  なのに先生は、そこから遅めの夕食に付き合ってくれただけで、あっさり俺を近所の公園まで送り届けた。  先生だって、それなりに毎日を忙しく過ごしているのは知っている。  学校を異動するにあたり、色々とやることも多いらしいし、何よりあき子さん――先生のお婆さん――が、数日前に怪我をして、昨日退院してきたばかりと言う状況なのだ。 「最初に飯に付き合うだけでいい、と言ったのはお前じゃなかったか」 「そうですけど。……でもそれは、先生がしばらく会えないとか言うから」 「仕方ないだろう、ばあちゃんの世話もしなければならないし……」  先生が俺を送ってくれるときは、決まってこの公園の駐車場に一度車を入れる。そこなら少しくらい長居をしても、誰にも迷惑はかからないし、特に深夜ともなれば人目を気にする必要もあまり無いからだ。  そして、 「もう一週間も先生に触れてないんですよ」  そう言って伸ばした手を先生が拒まなければ、そのまま直接触れることだってできる。  実際、車中でことに至ったのは、あの日の一度だけじゃない。  だけど――、 「……『まだ』一週間だ」  前回に引き続き、今日も先生は容赦ない。 「そう言うだろうなとは思ってましたけど」  俺は拗ねたように目を伏せた。  そもそも俺がバイトを入れすぎたのが悪いんだから、自業自得ではあるんだけど、だからってたまにしか会えないのに、勉強といえば本当に勉強だけの日々で、先生はなかなか直接触れさせてくれない。  俺が進路を決めかねていたことを気にしてくれていたのは嬉しかったし、「やりたいことが無いからとりあえず進学、は別に逃げにはならない」と、下手したら親よりも親身になって相談に乗ってくれたことにも、素直に感謝している。  もちろんそれは俺に限ったことでなく、相手が他の生徒でもそうしていたんだろうとは思う。  どうやら先生は、副担任とはいえ自分のクラスの生徒のことなら、大体の状況を把握していたみたいだし。  それも上辺だけじゃなく、加治と俺が小学から同じだとか、そう言うどうでもいいような情報まで覚えていたりして、そのことからも先生がどれだけ生徒のことをよく見ていたか、どれだけ教師と言う職業に熱心だったかがわかる。  だからこそ、強引に勉強そっちのけにして迫ろうとすると、「お前は何をしに来ているんだ」とたしなめられてしまうのも理解できなくはないんだけど……。

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