98 / 137

7.epilogue(4)

 それでもやっぱり、触れたいものは触れたいし、抱き締めたいものは抱き締めたい。  ……以前ならそんなこと、考えるだけでもおこがましいと思っていたのに、 「うち、結構な放任主義だよ。特にいまは夏休みだし、少々朝帰りになったって別に……」  それがいざ手の届く関係になると、途端に我慢が利かなくなるから困る。 「俺が嫌なんだ。お前はまだ高校生なんだから、出来るだけ日付が変わらないうちに家に帰したい」  食い下がっても、無駄だった。 「……相変わらず真面目な人」 「何とでも言え」  皮肉を言っても、通じなかった。  こうなってはもう取り付く島もなく、俺は肩を落として嘆息する。 「――あ、でも」  しかし、なおも諦めきれない俺は、おもむろに携帯を取り出した。それで再度時刻を確認し、独り頷く。  車内の時計は表示が消えていた。キーがオフになっているせいだ。 「日が変わるまでなら、もう少しここにいていいんですよね」  念を押すように言うと、先生は俺の意図を察したのか、仕方ないように沈黙した。片手をハンドルに乗せたまま、視線をフロントガラス越しの外へと投げる。  と言うか、よくよく考えてみれば、ここに着いてすぐからエンジンは切られているのだ。それって要するに、先生だって少しくらいは、俺との時間が欲しいと思ってくれていた、ということではないだろうか。  ――まったく、素直じゃないんだから。  勝手ながらそう思うと、多少は気分が上向いてくる。  俺は先生の横顔を見詰めて、愛しいように目を細めた。 「ねぇ、先生。前にさ、先生の中の割合の話をしてくれたよね。いままではずっと瀬名が占める割合がほとんだったのに、って話」 「あ、ああ……」 「それ、いまはどうなの、俺のとこ」  いつかは聞いてみたいと思っていたことだった。だけど、聞くだけ無駄かなと思っていたことでもあった。  だって名木先生の中には未だに瀬名がいて、それはこれから先もきっと消えることはない。そんな瀬名の代わりに俺がなれるとは思えないし、要は過日の瀬名のように、先生の中を俺だけで一杯にすることは到底無理な話なのだ。  だけど、そう諦観しているうちに、それならそれで、後は比率の問題じゃないかと思えるようにもなった。 「ね、少なくとも……前より減ってはいないんだよね?」  だから俺は、開き直ってそう口にした。それなら或いは、俺でもいつかは瀬名に勝てる日がくるかもしれないと思って。 「減ってないって……」  すると先生は、一瞬固まったように動かなくなり、それから幾分呆れたように溜息をついた。

ともだちにシェアしよう!