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7.epilogue(5)

「え……」  俺は僅かに首を傾げた。思いがけず、どきどきと心臓が鳴り始める。  先生は冷静に俺を見て、見定めるように目を細めた。  かと思えば、 「強いて言うなら、過半数」  意外なほどあっさりそう言われ、俺は過言でなく心臓が口から出そうなくらい驚いた。 「か……」  本気で息が止まるかと思った。  過半数――…。  頭の中で反芻するように繰り返す。  それは期待した以上の答えだった。 「過半数の意味、解るか」 「わっ……解りますよ!」  遅れて込み上げた嬉しさに、迂闊にも声が上擦る。  その反応があまりに露骨すぎて、我ながら眩暈がするほど恥ずかしくなった。目端がかぁっと熱を持ち、そのつもりも無く視線が泳ぐ。 「でも、比較が半分って……せめて大半とか言ってくれればいいのに」  おかげで、それを誤魔化したいために言わなくてもいい憎まれ口まで叩く羽目になる。 「過半数って言ったって、どうせギリギリの過半数なんでしょ」  素直じゃない、なんて俺も人のことは言えないかもしれない。 「……俺の方が〝瀬名〟より出席番号近いのにさ」  終いにはだからなんだと言われてもおかしくないようなことまで口走ってしまい、そこでようやく俺ははっとした。 「あ……いえ、もちろん同じ学年、同じクラスじゃないと意味ないのは解ってますけど」  慌てて取り繕うように平静を装うが、もはや完全に時すでに遅し状態。俺は不要な咳払いを重ねて、逃げるように目を反らした。  ……ああもう、穴があったら入りたいどころじゃない。このまま消えてなくなりたい。それくらい恥ずかしい。 「お前――前もそんなことを言っていたな……」  そんな俺を見て、先生は小さく瞬いた。そして可笑しげに笑い出す。  俺はそろそろと視線を戻した。 「そう、でしたっけ……?」 「覚えてないのか」 「お、覚えてないわけじゃないですけど……っ」  ていうか、先生こそ覚えてるの? そんな俺が冗談半分に言ったようなこと?  あの時俺はまだ先生と瀬名が知り合ったきっかけ――瀬名の弟がクラスメイトだったこと――までは知らなくて、知らなかったからこそ言えた軽口のような言葉だった。  知ってからはもちろん本気で同じ立場だったならって考えることもあったけど、どっちにしても滑稽な夢物語だと身に染みるような話だったのに――。 「つか……そこって、そんな笑うところじゃないでしょ」  先生はどこかあどけない風に笑っていた。そのくせ、包み込むように優しい笑顔にも見えた。  俺はぶつぶつと愚痴りながらも、そんな先生の表情にいつしか見惚れ始めていた。何て言うか、あまり見たことの無い表情だったのだ。  ……あ、いや、この表情(かお)って――。  刹那、どきんと胸が高鳴る。そこで不意に思い出した。  俺は先生のこんな姿を、見たことがないわけじゃない。ただ直接向けられたことが無かっただけだ。  それは先生が、いつも瀬名の前でだけ見せていた表情だった。

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