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番外編.例題その1(2)

「ていうか……マジでキスもだめとか言わないですよね」 「何もしないから泊めろって聞かなかったのは誰だ」 「……それは……俺、だけど」  それでも、日々募らせている不平不満は口をつく。時には我侭だって言いたくなる。 「だってそうでも言わないと、先生泊めてくれないじゃないですか」  拗ねた風に呟いてみても、依然として先生はこっちを見ない。  実際、時期・曜日を問わず、どんなに時間が遅くなっても、先生はそうそう俺を自宅には泊めない。  電車があれば駅まで送り、終電が過ぎていれば車で送ってくれる。先生だって疲れている時もあるだろうし、それこそ手間だろうと思うのに、何を言ってもそれが教育者としての義務だと言って聞いてくれない。  お互い一人暮らしじゃないからと言うのも理由の一つだ。しかし、何より先生が重んじているのは、俺がまだ高校生だということだった。  ぶっちゃけ先生とこうなるまで、適当に遊んで過ごしてきた俺からしてみれば、そんなのバレなきゃいいじゃんと思えてならないけど、だからと言ってそれを先生が良しとしないのに、無理強いもできない。  結局、普段どんなに言いたいことを言ったって、最後に先生が不可だと言えば俺はそれに従うしかないのだ。  何故って、つまるところ俺が何より恐れているのは、先生自身を失ってしまうことに他ならないから。 「あーもう……」  とは言っても、こんなにも近くにいるのに手を伸ばしちゃいけないなんて、全くどんなプレイだっつー話で――…。  俺はうつ伏せになり、手近にあった枕に顔を押し付けた。仄かに先生の匂いがする。それだけで嬉しいと思うのも嘘じゃないけど、 「……いったい、いつだと思ってんですか」 「何が」 「最後にヤった日」 「………」 「二週間以上前ですよ。会うだけならもっと会ってるのに」  やっぱりこのまま待てはできない。  せっかくこれほど近くにいるのだ。ちょっとその気になるだけで、容易に手が届く距離に。  その髪に触れたい。頬に触れて、唇に触れて――キスだってしたいし、抱きしめたい。それより先も当然欲しい。  そしていつもみたいに掠れた声で、何度も『仲矢』って俺を呼んで……? 「――…」  俺は不貞寝よろしく背けていた顔を上げ、間接照明に照らされる先生の横顔をじっと見詰めた。  先生がダメだと言えば俺は本気で手を出さない。でも、先生がダメだと言わないことに関してはそればかりじゃない。  俺は考えた。 「そう言えば……しないって言ったのは俺ですよね」  そこであることを思い出した。 「先生の方は、はっきりするなとは言ってないですよね」  そうだった。先生は往々にして、本音を口にしないことがあるのだ。  嘘はつかない。しかし、本当のことも言わない。ダメな時はダメだって言う。そのわりに、逆にOKな時にはOKと言わない。そんな面が先生にはある。  俺は僅かに目を細めた。相変わらず澄ましたようなその態度から、内に秘められた真意を探る。 「先生はしないって言ったら絶対しないかもしれない。でも……」 「………」 「俺はそんな性格じゃないですよ」  言うなり、俺は先生の持つ書類に手を伸ばした。掴んだそれを横から抜き取って、ばさりと音を立ててサイドテーブルの上に置く。  先生は一瞬目を瞠ったが、そう驚いた様子も無く、されるに任せてゆっくり息を吐いた。 「知ってました?」  短く問うと、遅れてやっと俺を見る。  かち合った双眸に、俺は微かな笑みを浮かべた。 「……今更」  ぽつりとこぼされた言葉もまた、胸に響く。  導き出した答えが間違っていなかったようだと知って、密やかに安堵した。

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