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番外編.例題その1(10)
時刻は既に正午近い。
気絶するように意識を手放した先生に続いて、俺も心地良い気だるさの中で眠りに落ちた。
一切の夢を見ることもなく、熟睡した後の気分は爽快だった。
目を覚ました俺は、見覚えのある天井を暫く眺め、ゆっくり視線を横向けた。
そこにはうつ伏せで眠る先生の姿があった。いつもは俺が目を覚ますより先に起き出して、さっさと雑務だとか仕事だとかをこなしている先生が、今日はまだ俺の隣で無防備な寝顔を晒している。
幸せこの上ないとはこのことだろうか。
思えば勝手に頬が緩んでしまう。
外界の天気は遮光カーテンの所為ではっきりとは窺えないが、隙間から溢れる陽光の明るさを見るに悪い天気ではないだろう。
俺はますます上々の気分で室内を一望し、再び先生に視軸をあわせた。
すると見計らったかのように先生の瞼がぴくりと震え、俺は意気揚々と笑顔を向けた。
「おはようございます、先――」
「もうお前は泊めない」
起き抜けの割りに、先生の声は鋭かった。抑揚がないのがまた怖い。
俺は一瞬にして言葉を失った。いや、言葉を失ったどころの騒ぎではない。表情や動作どころか、血も含めた全てが凍りついてしまったかのように動けなくなっていた。
「二度と泊めない」
そんな俺に、先生は再度釘を刺すように言って、身体の向きを変える。素っ気無く俺に背を向けて、シーツを顔まで引き上げると、そこからは一切振り返ろうともしてくれない。
「…嘘、……マジで? 冗談、ですよね……?」
辛うじて搾り出した声は、まともな音にならなかった。
だって先生は嘘を言わない。泊めないと言ったからには、本当に二度と泊めてくれないかもしれない。
俺は冷えた心地のまま身体を起こし、恐る恐る先生の顔を覗き込んだ。
先生は目を閉じていた。どうやら完全に怒らせてしまったらしい……。
「……ねぇ、先生。聞いてよ。ごめん。許して」
「………」
「俺もちょっとやりすぎたと思って、反省……」
「ちょっと……?」
何とか言い募ろうとしたら、先生が静かに口を挟んだ。
素気無い物言いなのに、詰るような色が見え隠れしている。思わずぎくりと背筋が伸びる。
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