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番外編.例題その1(12)
「なにも正座しろとまで言ったおぼえはないが」
言われて初めて気がついた。
俺はいつのまにかベッドの上で正座をしていた。かしこまって両膝の上で拳を作り、その手を強く握り締めていた。
「……ぅわっ…」
思わず声を漏らすくらい動揺した。直接先生に指摘されたことで、余計に羞恥心が増し、柄にもなく耳までかぁっと熱くなった。
ああ、もう、心底ありえない。て言うか、こんな表情(かお)を先生に見られるなんて、それが何より最悪だ。
しかし、そんな俺の胸中などどこ吹く風で、
「……コーヒーが飲みたい」
ふと先生が口にしたのは、それまでの一連のやりとりとは何の関係もない言葉だった。
「へ……?」
俺は背けようとした顔をぴたりと止めて、先生を凝視した。
「――あぁ、久しぶりに見た気がする」
「え、え?」
「お前のそんな表情(かお)」
ややして先生が破顔する。それを目にして、ようやく嵌められたのだと理解した。
先生は笑み混じりの呼気をこぼし、「相応しいな」と楽しげに続けた。
呆気にとられていた俺はしばしぽかんと口を開け、それから一気に脱力する。
「ちょ……先生、どんだけ性悪っ……」
「いいじゃないか。どれだけ背伸びしたってお前が十八であることに変わりはないんだし……そもそも、性悪だなんてお前にだけは言われたくない」
「そ、そういうこと言う?」
とは言え、そこまではっきり言われたらさすがに弁解もできない。結果、降参とばかりに息を吐くしかなかった。
やられたと思った。
いつもはどちらかと言うと俺の方が先生を言いくるめてしまう方なのに、たまにこうして大人の余裕みたいな切り返しをされると、どうしたらいいかわからなくなる。
いつも加治なんかにしているみたいに適当に流せればいいんだろうけど、相手が先生だと何故かそれもできないし、て言うかそもそも言われてることが図星だからかもしれないけど、早い話がやっぱり先生より俺の方が年下なんだって、思い知らされてしまうからかもしれない。
しかもそれを妙に悔しいと感じてしまうから、余計自分が子供のように思えてしまって、それでまた複雑な気分になって……悪循環、みたいな。
「………」
いや、ちょっと待てって。違う違う、違わないかもしれないけど今そこまで考える必要はないでしょ。
例え年齢が逆だったとしても先生の態度はきっと変わんねーよ。今回のは単に俺がやり過ぎて、先生が怒ったってだけで!
俺は自分にそう言い聞かせるように強く思うと、ネガティブな思考を振り切るように頭を振った。
「で、コーヒーは? 本当に飲みたいんですか?」
そして仕切り直すように話題を戻す。幸い、先生もいたって普通に話に乗ってくれた。内心かなりほっとした。
まぁ、最初から先生は意地悪目的で言ったわけじゃないはずだから、当然と言えば当然だろうけど。
「どうせ今は他に誰もいないからな。勝手にキッチンを使ってくれれば」
「了解です」
片手を軽くひらめかせ、俺は大人しくベッドを降りる。傍らに投げていた服を適当にひっかけ、小さく伸びをした。
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