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番外編.音を立てないドアの開け方(1)

※名木(受)視点です。 ---  顔や名前、その他いくらかの特徴などを覚えていたのは、クラス全員同じだった。  いつも最後列に座っていた仲矢遼介も、その隣でいつも仲良さそうにしていた加治章平もそれは同じで、一度として特別視した覚えはない。  強いて言うなら、仲矢は不真面目そうに見えて根は真面目な、数学が得意な普通の生徒。加治とは出身校が同じで、現在も良好な友人関係が続いている。  とは言え、認識と言えば本当にそんなもので、一年、二年と時が過ぎてもその印象は変わらなかった。  それが揺らぎ始めたのは彼らが三年となった春のことだ。  密やかに慕っていた瀬名先生に、子供が産まれたあの頃から――いや、本当はもっと以前から――俺は自分で思う以上に、上手く笑えなくなっていたのかもしれない。  そんな胸中を仲矢に見透かされ、向けられたまっすぐな眼差しと言葉に、俺は心を掻き乱された。  そしてそれが何度か続くうち、努めて平静を装いながらも、少しずつ仲矢のことを他の生徒と同等には見られなくなって――…。  やがてその手を拒絶できなくなった時、仲矢の存在が自分の中でどんどん大きくなっていることに気づいたのだ。   「ねえ、先生は会ったことあるんでしょ?」 「……誰に」 「瀬名の嫁に」  ファミレスで夕飯を済ませ、食後のコーヒーを待っている時だった。  ふと思い出したようにそう言って、仲矢はまっすぐに俺を見た。  俺は一瞬言葉につまり、おかげでNOとは言えなくなった。  下宿先への引っ越しも落ち着き、仲矢は大学に通い始めた。  サークルや部活については、キャンパスは離れているものの、同じ大学に入学した加治はまた野球をやっていると話してくれたが、自分はバイトをする時間が減るからと入る気はないとのことだった。  俺としては、色々と得るものもあるだろうし、何か一つでも、と勧めたい気持ちもあるのだが、これに関しては頑なに譲らない姿勢を見せているので、まぁそのうち気も変わるだろうとあまりうるさく言うのはやめた。  一度それとなく提案してみたら、「今は進路指導より別のことしませんか」などとはぐらかされてしまったし……。

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