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番外編.音を立てないドアの開け方(3)

「何を焦っている」  思わず笑ってしまいそうになる。  それを堪え、何食わぬ顔してカップをソーサーに戻した。 「べ、つに焦ってません」  顔を赤くして、明らかに動揺しているのが全く隠せていないのに、それでも何でもないみたいに振る舞う姿は少し可愛い。  仲矢は俺の心中は、自分だからこそ解ると言うが、こういう時のお前の心中は誰でも解るからな。 「何笑ってるんですか」 「……」 「隠しても解りますから」  お前は何も隠せていないが……。  広明さんだけを見ていた頃は、確かに仲矢の視線には気づかなかった。しかし、気づいてみるとその態度は案外解り易く――。  もしかしたら、いつも一緒にいた加治辺りは何か気づいていたかもしれない。だとしても不思議じゃないくらい、まっすぐな想い方だったように思う。 「教え子どどうとか、瀬名が知ったら怒りそうだし」 「いや、それは大丈夫だろう」 「え、なんで?」  苦し紛れにか、グラスにシロップを入れながら、意地でも話題を戻そうとする仲矢に、俺は傍らの灰皿に手を伸ばしながら小さく息をつく。  灰皿を近くに寄せて、取り出した煙草に火を点ける。それを一息吸ってから答えた。 「あの人の奥さんは元教え子だ」  仲矢はグラスをかき混ぜていた手を止めた。 「ええ! そうなの?!」  店内に響くような声と共に、ガタンと音を立てて立ち上がった仲矢に、「座れ」と無言で目を向ける。  それを察した仲矢は大人しく腰を下ろすものの、 「それに……」 「それに?」  俺が続けようとすると、すぐにまた机に手を突き、身を乗り出してきた。 「……いや」 「え、なに?」 (俺に告白して振られたところを広明さんに慰められてそのまま……なんて言えないか)  瞬きも忘れたように目を瞠り、今か今かと先を待つその姿に、ふと我に返る。 「ちょっ、何なの?」  仲矢の声は聞こえていたが、何も言わずに視線を落とし、持っていた煙草を灰皿に置いた。 「ねえ、先生!」 「声が大きい」  周囲の視線を集めてしまうのは、その呼び方にもある気がするが……。  再びカップを手に取ると、俺は冷めかけたコーヒーを一口飲んだ。  そして、 「……飲んだら出るぞ」 「え、だってまだ話が」 「それはお前の部屋でもできるだろ」  言うなり残りを飲み干して、煙草の火を消した。

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