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番外編.音を立てないドアの開け方(6)

       最初は、無理矢理抉じ開けられた気分だった。  ドアを叩く音は確かに優しい。だが居留守を使おうとしてもそれは許してくれない。  建て付けが悪くなり、油の切れた蝶番が何度も音を立てる。耳障りな金属音だ。  ドアノブを握り、少しだけ上に持ち上げるようにしてゆっくり開閉する。それだけで過剰な摩擦が減り、音は抑えられるのに、最後まで仲矢はそれに気づかなかった。  そのくせ、いつの間にか渡した覚えのない鍵を持っていて、気がつくと中まで入り込んでいる――。 「お前は音を立てるから安心していたのに」 「……何の話?」  そのつもりはなかったが、無意識に声に出ていたらしい。  暗がりの中、布団を口許まで隠すように引き上げ、見慣れない天井をぼんやり眺めていたら、不意に上から顔を覗き込まれた。 「……何でもない」  俺は視線を逸らし、仲矢に背を向けるよう身体を傾けた。  仲矢の部屋の、仲矢のベッドは、独り暮らしだと言うのにセミダブルだった。  本当はダブルベッドにしたかったらしいが、さすがにそれはあからさますぎるかと自粛したらしい。  当然だ。俺からすればセミダブルでも不自然に思えるのに、ダブルにしていたらそれこそ説教していたかもしれない。  特別体格がいいわけでもないのに、普通に考えればシングルで十分だろう。  もちろん、俺の存在(こと)があるからこその話だとは解っている。  解ってはいるが、例えそうだとしても、少なくとも仲矢の生活に立てなくてもいい波風をわざわざ自分から立てるようなことはさせたくなかった。 「先生」  仲矢の手が俺の肩に触れる。少しだけ引き寄せるように力が込められ、耳元で吐息混じりに囁かれた。  ぴくりと微かに体が強張る。 「ねぇ、音って何? 何の話だったの? 教えてくれなきゃ、もう一回……ていうか、朝まで寝かさないよ?」 「……」  それでも俺は答えなかった。  答えないまま、ただ横目に仲矢の顔を見た。 「それ、答え?」  それはそれで嬉しそうな、だがやはり複雑そうな様相で、仲矢は俺の背中に抱き付いてくる。  ぴったりと密着する素肌から、俺よりも少しだけ高い体温が伝わってくる。  耳許に唇を押し付けながら、髪に鼻先を埋めるようにして、 「先生、ずるい」  溢される拗ねたような声が、胸の奥を甘く締め付けた。  俺はおもむろに身体を反し、仲矢の方へと向き直った。 「先、――…」  無言でその頬に触れ、言葉の先を仕草で阻む。  仲矢の双眸(め)をまっすぐに見詰め、そのまま顔を近づける。驚いたように固まっている仲矢の唇に、自分のそれをそっと重ねた。

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