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番外編.音を立てないドアの開け方(7)
触れ合わせるだけのキスはほんの数秒。
口付けを解いても、まるで追わない――正しくは追えないのかもしれない――仲矢の様子に、俺は小さく笑った。
「ドアの音は必要だったかって話だ」
「……? え? ドア?」
仲矢は瞬き、僅かに首を傾げる。
「だから何でもないと言ったんだ」
込み上げる可笑しさを堪えながら、頬に触れていた手を後頭部まで伸ばす。長めの髪に指を差し入れ、今度は仲矢の頭を引き寄せるようにしてキスをした。
「……っ、んっ……」
顔を傾け、角度を深くして、差し出した舌で仲矢の口内を探る。
支える――というより、固定するように添えていた手で髪の毛を掴み、吐息ごと奪うように唇を被せた。
「……っ、せ……」
「遼介」
呼吸の合間に、半ば無意識に名を呼んだ。
仲矢が息を呑んだのがわかった。濡れたようなような眼差しが俺を捉える。戸惑っているのが見え見えで、心臓の音まで聞こえてきそうな気がした。
「先生、今、遼介って……」
「……あぁ」
言われて、改めて自覚する。
今度は俺の方の視線が少し泳ぐ。それを見せたくなくて、ゆっくり瞬いた。
「言ったな。……やっぱり〝仲矢〟の方がいいか」
「そ、 んなわけない!」
仲矢は弾かれたように首を振った。
「ただ、先生の方からそういう……、俺が強請って呼んでもらうとかならわかるけど、だから、なんかすげぇびっくりして……っ」
「すげぇ……」
「あ、いや……うん、すごいびっくりしました」
「いい、そろそろ言葉遣いも適当に崩せ。お前の日頃のしゃべり方くらい知ってる」
「せ、んせ――…」
上擦る声で、弁解するように言ったあと、仲矢は泣きそうに顔を歪めて再び俺に腕を伸ばす。
「何なの、今日……先生、ほんと……」
「……まぁ、明日休みだしな」
「? うん、……え? え、だから珍しく泊まってくれるんでしょ……?」
俺の頭を緩く抱き込むようにして、吐息が掠めるほど近くで、漏らされた声が不安気に揺れる。
「……そうだな」
そんな仲矢の腕をそっと撫で、俺はぽつりと呟いた。
知らず笑みを浮かべていたことには気付かないまま、声になるかならないかの声で、
「俺も開けてみたくなったんだ」
……お前のドアには、最初から鍵はかかってなかった気がするけどな。
と、続きは心の中だけで――。
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