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第7話

放課後になり、二年三組の教室に行くと不貞腐れた顔の桜雅が席に座っていた。 「ちゃんと残ったんだな」 正直、帰ってしまうかとも思っていた。 桜雅の前の席の椅子を引き寄せ、11点の解答用紙を机に置いた。 「まず、字が汚い」 「うるせー」 「これとこれ、多分合ってるんだけど、字が汚な過ぎて読めない。もったいないぞ。もう少し丁寧に書け」 消しゴムを渡し、そこをもう一度書かせる。桜雅なりの丁寧な字を書いているとは思うが、それでも上手いとは言えない。それでも、幾分マシにはなってはいた。 「理数系の点数は悪くないらしいな、おまえ」 「数学とかって、答え一つしかねーだろ」 「ま、そうだな。だからこそ、文章問題は何か埋めておいた方がいいんだぞ」 「漢字って読めるけど、書けないよな」 桜雅はシャーペンを指でクルクルと回している。 そこからもう一度同じテストをやらせた。透羽はそれを黙って見つめる。 シャーペンを持つ大きな手、シャツ下の逞しい胸筋、透けて見えるタトゥー、太い首筋。そして何度か重ねた形の良い厚めの唇。そこには十代とは思えない、男の色気が漂っていた。 一体何人の人間がこの色気に気付いているのだろうか。できれば、自分以外に気付いて欲しくないと思った。 (これが恋ってやつか……) 不意にその単語が浮かび、そのくすぐったいような気恥ずかしいような感情に、思わず苦笑いが浮かぶ。 「終わったぜ」 そう言われて、ハッとし慌てて目線を解答用紙に向けた。 「うん、合ってる。ここから次の期末出すから勉強しておけよ」 「そりゃ、ありがたい情報だな」 机に肘を着き、掌の上に顎を乗せると、 「ま、特別待遇だな」 ふっと笑みをこぼした。 桜雅も同じポーズを取ると、透羽に顔を近付けた。 「センセーは昨日、何を思い出して抜いたんですか?」 わざとらしい敬語を並べ、ニヤリと桜雅はいやらしく笑みを溢す。 一瞬、その問いに面食らうがすぐに笑みを返し、 「おまえのキスを思い出して、抜いたって言ったら?」 負けじと意味深に笑みを向けると、桜雅は信じていないのか鼻で笑った。 「そう言うおまえは昨日、何で抜いたんだ?」 桜雅は透羽から目を逸らさず、 「女とヤッた」 そう言い放った。 少なからず、透羽はショックを受け呆然と桜雅の顔を見つめた。 「女をあんたに見立てて、抱いた……って言ったら?」 「嘘つけ」 そう言って動揺を隠すように、透羽は椅子の背もたれに背中を預けた。 (まるで探り合いだな) 桜雅は視線を透羽から離さなかった。 透羽はその視線に耐えきれず、外に目を向けた。 「雨……」 透羽が雨に気付いた途端、その勢いはどんどん増し、大粒の雨が窓を叩きつけている。ゴロゴロと雷鳴も遠くで聞こえた。 「凄い降ってきた。帰ろう」 「送ってってくれよ」 「はぁ?」 「ついでに、メシ奢れ」 「図々しいこと言ってんな」 二人は腰を上げると、帰り支度をしながら言い合いをする。 「この前、助けたお礼にメシ奢ってくれるって言ってた」 そう言えばそんな事を言ったかもしれない、と思い出す。 あまりいい事ではないが、桜雅を送るべく車に乗せた。 狭い空間に桜雅と二人というシチュエーションに、少なからず緊張していた。このまま自分の家に連れ込みたい衝動に駆られる。 「何食べたいんだ?」 「そうだな……」 しばし、考えている様子の桜雅を横目で見る。 「あんたの手料理?」 それは、自分の家に来たいという事に受け止められた。 「お断りだ」 ハンドルをぎゅっと握り、フロントガラスを凝視した。忙しなく動くワイパーを透羽はじっと見つめた。 隣でチッと舌打ちをするのが聞こえ、桜雅は不機嫌そうに外に目を向けている。 「宅配ピザで我慢しろ」 透羽の言葉に桜雅は面食らったような顔をし、透羽は悪戯を企む子供のような顔を向けた。

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