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scene.2 新しい生活

「おはようございまーす」 「ああ、亜咲くん。どう最近は?…少し落ち着いてきてる…?」 「…はい、何とか。今のところは…すみません。迷惑かけてますよね、俺…。」 「そんな事は気にしないでいいのよ。…誰だって思うような仕事が出来ない時はあるしね。…けど、あまり酷いようならあたしが前に言った事も少し考えておいてね?」 「ああ…結真さんの知り合いの先生に…って話ですか」 「そう。…結真くんはもう先生に話を通してあるって言ってたから、亜咲くんの都合さえ合えばいつでも診療してくれるらしいわよ」 「……分かりました。考えてみます」 「…ええと、この前の認定試験の結果の事よね?……はい、これ。受かってるといいね」  そう言ったみわ子さんは、レジ下の引き出しから1枚の封筒を取り出して、そのまま俺に手渡してくれた。俺はその場で封筒の口を切り、中に入っていた紙に書かれた内容を確認した。  ――そこには、俺が実際に試験を受けた時の自分の受験番号と、『認定試験合格』の文字が書かれていた。 「……良かった……無事に合格出来たみたいです…。」 「……本当に!?」 「…はい。オーナーも確認してください」  俺はみわ子さんに紙を渡して、その文面を確認してもらった、 それを見たみわ子さんは、俺の肩をバンバンと叩いて、まるで自分の事のように泣きながら喜んでいた。 「良かったじゃない!亜咲くんおめでとう!!」 「ありがとうございます」 「……あー大変だったぁ。…護くんから亜咲くんの事を託されたのはいいけど、これで認定貰えなかったら、あたしの監督責任問われるかもって…」 「オーナー……」 「護くん、ああ見えて意外と仕事に厳しいから怖かったのよね…。これで何とか怒られないで済むわ……。」 「え、オーナーでもあの社長は怖いんですか?」 「そりゃあ怖いわよぉ。…普段はそんなでもないけど、仕事となると話は別ね。元々は創始者からの引き継ぎで社長になった人だけど…結果的に理美容師は現場主義だし、護くんはそれだけの仕事はきっちりこなす人だもの。あたしなんかじゃ全然叶わないわよ」 「そうなんですね…。」 「そうじゃなかったら彼についていったりしないわよ。あたしは放任主義だから」 「ああ、そういえばずっと気になってたんですけど…社長とオーナーが出会ったきっかけって何だったんですか?…二人とも以前はよくテレビとか出てたんですよね。…やっぱりそこから?」 「いや、違うわね。…専門学校の頃くらいだったかしら、同じクラスの女の子たちがカッコイイ男の子が居るって大騒ぎしてたのよ。…でも当時のあたしはあんまりそういうのって興味無くて、ただ遠目に見てただけなんだけど…卒業してまだどこのサロンに行こうかって迷ってた時に、突然向こうから連絡があったのよね。一緒に働いてみないかって」 「…社長から?」 「ううん、本人ではなくて別の人。殿崎っていう元カレから」 「…殿崎…?あ、もしかして以前社長と一緒に働いてて突然辞めたっていう…?」 「…そう。昔付き合ってたのよ、その人と」 「えー…それじゃ、元々3人は知り合いだったって事ですか?」 「そうね。…殿崎とは婚約する寸前まで進んでたけど、結局は別れちゃったのよ。…あたしが譲くんの子供を妊娠しちゃったから」 「……はあっ!?…それじゃ航太って……」 「もちろん、その時の子供よ」  「……どうしてそうなったんですか……。」 「…その場の勢いみたいなものよ?…一緒に飲んでたらいい感じに盛り上がってそのまま」 「……えー……そんな事ってある…?」 「…ま、誘ったのは譲くんの方だけどね。…でもそのおかげで今、亜咲くんは航太と一緒に居られるのよ?」 「…いや、そうかも知れませんけど……。」 「あたしも驚いたわよ。まさか向こうから声かけられるなんて思ってないもの。…その時に子供が出来ちゃったから、成り行きで結婚はしたけど…でも結局別れちゃったしね。だけど、今の距離感がお互いにとっては一番いいのかも知れないわ」 「そういうものなんですか…?」 「たぶんね。…それより亜咲くん、これからどうするの?もう少しウチで頑張ってみる?…それとも…社長との約束通り、実家に戻るつもり?」 「…いえ、それはまだ…。俺は出来ればこのままオーナーの店で仕事は続けていきたいんですが…今のままだとサロンには迷惑しかかけられないので……実は少し、迷ってます…。」 「…そう?……なら、ここに籍だけ残しておいて、自分の体調と相談しながら、亜咲くんのやりたい事をやってもいいし、一度実家に戻って休養してもいいし。籍さえあれば、いつでも此処に戻ってこられるでしょ?」 「あ、そうか…」 「けど、やっぱり一度はちゃんと診てもらいなさいな。これがもし本当に何か悪い病気とかだったりしたら、せっかく頑張って取った資格も無駄になっちゃうわよ?」 「…すみません」 「あ、そうそう。帰ったら航太に言っといてちょうだい。…亜咲くんが心配なのは分かるけど、これ以上単位を落とすような事は絶対にするなって。最近やたらと早退が多くて、このままだと卒業すらできなくなるって担任が嘆いてるらしいの」 「あー…それは……」  俺は思った。それは恐らく航太の責任ではない。 俺に何かあるたびに社長が航太を個人的に呼び出しては、意図的に早退をさせているのだ。  そんなことばかりを何度も繰り返すので、俺は何故そんな事をするのかと問いただしたこともあるが、その時の返事は『自分が気が付いた時に恋人の心配そうな顔が見えると何だか嬉しくなりませんか?』というその一点張りなのだ。…いや、そういう事じゃなくて…と突っ込みたい気持ちはあるんだけど、大体そんな感じでいつもはぐらかされてしまうので、俺はもう聞く事自体を素直に諦めることにしたのだ。 「…全く最近の航太ときたら……。」 「オーナー。それ多分、航太のせいじゃないと思いますよ。……元凶は社長ですから。あの人が航太を無理やり呼び出して、学校から早退させてるみたいです」 「やだ、そうなの!?……あたしはてっきり航太が自分でやってたのかと…」 「いや、違うんですよ。だから俺も困ってて…。何でそんな事するのかって社長に理由を聞いても、いつもはぐらかされてばかりなんで、これはもう何を聞いても駄目だなって…」 「……あらそう。…なら、結真くんに言っておくわ。その方が護くんには絶対的に効果ありそうだし」 「……そうですね。…それじゃ、今日はこれで失礼します」 「ええ、お疲れ様。…さっき言ったこと、慌てなくていいから…ゆっくり考えなさいね?」 「…はい。ありがとうございます」  俺はオーナーに会釈と挨拶をして、サロンから自宅へ戻っていった。      

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